世界王者リバプール「今季最高の補強」。ベールに包まれたポルトガル人コーチに迫る

『maisfutebol』

リパプール監督ユルゲン・クロップの右腕ペパイン・ラインダースに誘われ、欧州王者の「elite player development」責任者に就任したビトール・マトス氏が、ポルトガルメディア『maisfutebol』のロングインタビューに応答。CL制覇に続き、2019-20シーズンのプレミアリーグも圧倒的な強さで蹂躙する最強チームにおいて、成功の鍵を握りながらも詳細な素性が明かされてこなかったブレインの人生に迫った。

-監督としてのキャリアについて話をする前に、あなたの幼少期について振り返らせてください。サッカーは何歳のときに始めたのですか?

24時間ずっとサッカーができるならそうしているような子どもでした。道端でも学校でも家でも、サッカーをどのような形であってもできる方法をいつも探していました。オフィシャルな形でサッカーを始めたのは13歳のとき。地元の「SCコインブロインス」でプレーし始めました。その日から一度たりともサッカーから離れたことはありません。

-何年間プレーしたのですか?

サッカーの育成年代は全て経験して、シニアの年代になったときに、監督をする機会が訪れました。面白いことに、多くのチームメイトを自分が指導したのです。

-いつ監督としてのキャリアを送りたいと思い始めたのですか?

私は常にサッカーに対して大きな情熱を注いできました。SCコインブロインスやCFバラダーレスといったチームでプレーヤーとしてサッカーと繋がっていたし、その少し後には、FCポルトの偉大なる瞬間に立ち会える幸運にも恵まれました。2002-03と2003-04のジョゼ・モウリーニョ監督期のFCポルトです。この2年間は、チームがどのようにプレーし、どのように構築されるのかという観点から、私の中で記憶に残っています。おそらくCLの前日と翌日の新聞をまだ持っていると思います。あれが私の好奇心を大いに刺激しました。ジョゼ・モウリーニョの足跡を追うだけでなく、その成功の背景を知りたいと思い、監督になりたいと考えるようになりました。だから、15歳のときにはもう自分の頭の中は決まっていたのです。シニア年代の初年度までプレーは続け、(ポルト大学の)スポーツ学部で学びました。その後、オランダに留学し、そして監督になる誘いを受けました。

-オランダに留学したのですね。

オランダには「エラスムス」の留学プログラムで行きました。当時は、アヤックスとその育成プロジェクト、そしてオランダのサッカーやトレーニングの文化について興味がありました。

-監督になる機会はどのようにして訪れたのですか?

FCバラダーレスで監督としてのキャリアをスタートさせました。おかしな話ですが、オランダに留学していたのに、もうクラブのプレシーズンが始まっていたのです。私が戻ってきたとき、監督が「選手の代わりにアシスタントコーチになりたいか」と尋ねてきました。私は、選手よりもアシスタントコーチとしての方が価値を出せると考えたので、疑いようなく正しい決断でした。翌年、クラブの会長がU-19チームの監督を務めるチャンスをくれました。21歳の私にとっては素晴らしい経験です。その年の終盤に、育成プロジェクトのためトロフェンセ(ポルトガル)に行く招待を受け、2年間をそこで過ごしました。

-その後に、FCポルトの名前が浮上します。どのように招待を受けたのですか?

私がFCポルトに入団したとき、育成プロジェクトの責任者はルイス・カストロ(現シャフタール監督)とビトール・フラーデ教授でした。教授が私に、ルイス・カストロとの面接の機会をくれたのです。なんともない普通の面接プロセスを経て、最終的な決定を待っていました。合格の知らせを受け取った日のことを、まるで今日のように覚えています。すごく意味深いものでした。

-FCポルトでは5シーズンを過ごされました。クラブ内ではどのような役割を果たしていたのですか?

私は、我々の経験や将来に向けた準備の仕方を信じています。その意味で、幸運にも、試合やトレーニングへの知識が豊富で、クラブの文化を重視していた監督たちとともに育成プロジェクトに参画できました。私のFCポルトでの最初の役割は、U-9チーム監督とU-13アシスタントコーチでした。私が初めて全国レベルの大会でアシスタントコーチを務めた監督が、アントニオ・フォーリャ(前SCポルティモネンセ監督)でした。その後、クラブ内で新たに作られた機能や、もっと貢献できる機能について構造的な革新があり、私は監督やアシスタントコーチ、オブザーバーなどを務めました。その経験のおかげで、育成プロセスの全課程や全部門、共通の目的に沿って各部門を関連づけるようなマクロな視点を持つことができたのです。

-その後、FCポルトを退団して、中国の山東魯能に行きましたね。なぜでしょうか?

中国行きの決断には2つの要因がありました。1つ目の要因として、中国ではより経済的に自立でき、より快適に家族との生活や計画を進めることができる状況だったこと。2つ目の要因としては、異なる文化への挑戦、そしてプロジェクトを共に進めたグループによる挑戦でした。

-中国ではどのような役割を果たしましたか?

U-9からU-13までのサイクルにおけるコーディネーターと、同時に、U-15およびU-16チームの監督を務めました。

-その経験をどのように評価しますか?

人間的な観点、また、専門的な観点からも、非常に豊かな経験でした。人間的な視点というのは、異なる文化を持つ人々への理解、我々にとっては重要なことでも彼らにとっては重要ではないことがあるということ。専門的な視点というのは、相対化すること、そして優先事項と付属事項を区別すること。小さな変化が、大きなインパクトを創造できることに気づかされました。

-なぜFCポルトに戻ったのですか?

FCポルトへの復帰は、自然な形で起こりました。私がクラブや組織全体と良い関係を築いていたためです。家に帰るようなものでした。中国では契約の最終年であり、更新しないことは決めていました。ルイ・バロス(現ポルトB監督)とクラブ組織からの招待を受け、彼のテクニカルチームに加わりました。

-FCポルトの育成組織で出会った最高のタレントは誰でしたか?

移籍シーズンが近づいていますので、他クラブについての質問には答えたくありません。誤解を招きたくないので。

-FCポルトに戻ってたった1年で、リパプールの名前が浮上します。それはどのように起こったのですか?

ユルゲン(クロップ)とペパイン(ラインダース)、そしてクラブは、テクニカルチームにおいて、アシスタントコーチとしての役割に加えて、アカデミーとトップチームを強く結び付けられる役割の必要性を感じていました。

-ペパイン・ラインダース氏が監督・コーチとしてあなたに与えた影響はどのようなものですか?

ある人に影響を与える最良の方法は、その人の心に触れることだと信じています。ペパインにはその才があります。彼は試合、トレーニング、そして我々一人ひとりに届く方法について、エネルギーと情熱を持っています。発生している問題について解決策を探すことに秀でており、ときに問題を予期することもあります。彼とまた仕事ができていることは、私にとっては誇りであり大きな喜びです。

-リパプールではどのような役割を果たしていますか?ユルゲン・クロップのアシスタントコーチを務めながら、U-23チームとジュニアチームの選手たちとも仕事をしていますね?

トップチームのアシスタントであることに加え、私の主な目的は、才能豊かな選手、つまり、エリート選手の育成を最大限に促すことです。選手の育成は様々な方法で行われていますが、最も重要なことは、どのように集合体・チームとして試合にアプローチし、どのようにアイデンティティや個人の成長を促すゲームアイディアを構築・開発するかを知ることです。その最たる例がトップチームです。要点を言えば、私の役割は、トップチームとアカデミーにある距離を縮め、U-18チームとU-23チームを、方法論のレベルで、または、我々が基本と考えているゲーム原則のレベルで、トップチームに近づけることです。そして同時に、弱点を再構造化し、細部に対して完璧主義であり、選手が持つクオリティを最大化する点において、選手”個々”についても配慮します。

-エリート選手の育成という仕事は、育成年代の選手に対してのみ行われるのですか?

エリート選手の育成は、トップチームに入る才能があるとクラブが信じている選手に対して適用されます。それは、シニア年代、レンタル移籍中の選手、アカデミーからトップチームへの移行フェーズにある選手などです。

-あなたがユルゲン・クロップに情報を提供し、それに基づいて、その若手選手がトップチームに加わるかどうかを監督が決めるのですか?

テクニカルチームの機能として、すべての決断は共有され、一緒に決定されます。ただ、最初と最後の言葉は、ユルゲンによって発せられます。この件については、私が才能のある選手の育成について責任のある役割を果たしているため、提案はいつも私から発せられます。

-クロップのように、率いるクラブの周囲に素晴らしい環境を作り出せる能力のある監督は少ないように思えます。

クラブ、街、そしてユルゲンの関係性は素晴らしいものです。完全なる共存と言えるでしょう。これは、ユルゲンの個性とカリスマ性、そしてクラブの神秘性と歴史を通じて自然に形成されたものだと思っています。間違いなく、彼は勝利・克服・ハードワーク・完璧主義の文化を築きましたが、それは彼の人となりや、彼が信ずるものと関係しています。

-ユルゲンは人を愛しています。彼は毎日どのように過ごしていますか?

(彼が人を愛することは)クラブでの日常からも感じられます。ユルゲンは、素晴らしく信じられないような人です。彼はたった5分間で、あなたを一緒に世界征服をするよう説得できるような人間です。その性格は、彼の計画にも、エクササイズにも、トレーニングにも、試合にも、講義にも、会話にも、どこにでも感じられます。我々一人ひとりにリーチし、最大限を要求することができるのです。

-何か驚いたことはありますか?

あなたは、彼のインタビューや記者会見、試合を見て彼のイメージを頭に作り上げていますが、ユルゲンはいつでもあなたを驚かすことができます。彼は多くの場合、枠の外で考え、多くの問題を予期できるような人です。

-ペパイン・ラインダースは、「ビトール・マトスはリパプールにとって今季最高の補強だ」と言いました。それを聞いてどう思いましたか?責任感が増しましたか?

いいえ。責任感は受け取った称賛とは無関係であるべきです。全く予期していなかったので、そのような言葉を聞けるのは素晴らしいのは明らかですが、称賛以上に私が追求しているのは、クラブが必要としているすべてに対して貢献し、ハードワークすることです。私は謙虚さ・忍耐力・ハードワークといったものの価値と原則を信じています。サッカーとははかないものであり、そこに残るのは私たちがどの側面にも持つ原則と価値です。ペパインは、そのプロフェショナリズム・情熱・完璧主義から、私にとっては大いなる刺激の源です。その刺激は、私個人として、家族として、そしてプロとして、素晴らしい助けになっています。それこそが、彼が驚くべきほど優れた人間であることを意味しています。

-では、リパプールについてより一般的な文脈での話をしましょう。プレミアリーグでは事実上他のチームはノーチャンスです。チームの成功のポイントは何でしょうか?

すべての始まりは、素晴らしい選手たちです。才能があり創造性のある選手たちが、試合はチームによるものであることを信じており、攻守両面において起こることに対して責任があることを理解しているのであれば、他のチームが注意しなければならないチームになります。クラブとしてより組織的に整備されるほど、ディテールの重要性を感じられる選手が増え、間違いなく彼らは、クラブが選手に対して日々持っている努力・プロフェショナリズム・献身を感じられるようになります。この結束と文化が、今季の成功に大きく関係しています。私たち全員が、週末だけでなく1週間を通じて試合に勝利した気分を感じています。チームの野心・メンタル・才能・そして創造性は素晴らしいものです。

-いまやリパプールは、単なるプレッシング(ゲーゲンプレッシング)と縦に速いだけのチームではありません。より汎用的で柔軟になりました。

それはいくつもの要因が関係しています。そのひとつが、我々のゲームアイディアに則って、選手の特徴を最大化できた方法です。この可変性は、チームが直面する様々な問題に対して、チーム全体で調整が効くように敏感に構築されていることに起因します。全てが、試合のリズムとスペースをどのように管理するかに関係しています。

-クロップがリバプールに来たとき、ララーナは「フィジカル的な要求は増えたが、その努力によって引き起こされた痛みは良いものだった」と言いました。どのように、才能ある選手がこのような姿勢を持つように説得しているのですか?

説得する以上に、要求するのです。我々は基本となるゲーム原則に基づくことを選手たちに要求しており、それがチームの流動性とインテンシティを保証しています。我々は組織のオーガナイゼーションと戦術文化を持たなくてはならないと信じており、ユルゲンはそれを彼の人生と情熱で満たしています。このバランスは基本的なものであり、両方があって機能します。もし確かなことへの情熱しかなければ、これほど規則的で一貫性のあるチームにはならないでしょう。

-リパプールは事実上プレミアリーグの王者です。クラブとして、また街として、Covid-19による中断をどう感じていますか?

我々全員の健康と国の福祉についてこれほどまでに深刻な状況では、率直に言って、他の感情が入り込む余地はありません。ただ、今まで我々が構築してきたすべての過程・プロセスには誇りを感じています。我々はサッカーが戻ってくることを知っていますし、そうなったときに、我々が中断期間前に終えた場所に戻れると信じています。アイデンティティと情熱をもってトレーニングし、試合に臨むでしょう。

-リーグが再開する日にちは未定です。リーグを終わらせることはできると思いますか?

リーグを終わらせるためのいくつものシナリオと解決策があります。その意味で、英国政府、プレミアリーグ、そしてクラブは最善の策を見出すために、常時ディスカッションをしています。現段階で我々がしなければならないことは、自分たちと他人の健康を維持するため、自分たちにできることに集中することです。現時点で最も重要なことです。

-10年後の自分はどこにいると思いますか?

自分が良いと思い、他の人たちも望むところにいるでしょう。我々がいま生きている瞬間は、全てを相対的に見て、私たちにとって最も重要なものの近くに常にいなければならないものです。私がいつも望んでいるものは、私にとっても、家族にとっても、そしてクラブにとっても意味があるものです。

-最後に、あなたが参考にしている監督は誰ですか?

ユルゲン・クロップです

32歳の若さですでに多くのコーチング経験を積み、世界王者リパプールのトップチームとアカデミーを繋ぐ重役を任せられたビトール・マトス。CLを制した翌年、プレミアリーグを敵なしで突き進む最強チームの裏方には、FCポルト時代の同僚であり、ユルゲン・クロップの右腕とも言われるラインダースに「今季最高の補強」と称されたキーマンの存在があった。

©FutePor -ふとぽる-

7戦連続スタメン。なぜ前田大然はマリティモで試合に出続けられるのか

日本代表FW前田大然が今季より加入したマリティモは、第9節を終えた時点で、2勝4分3敗でリーグ12位につける。ポルトガル屈指の若手戦術家ヌーノ・マンタ・サントス監督に率いられる国内でも有数の名門クラブとしては決して満足できる数字ではないが、第9節にはホームで首位ポルト相手に粘り強い守備を見せつけ、勝ち点1をもぎ取った。

前田大然は、プレシーズンや開幕序盤こそ途中出場が多かったが、ここ数ヶ月は完全にレギュラーを奪取。第9節までに7試合連続でスタメン出場を果たし、すでにポルトガルリーグでは2ゴールをあげるなど、初の海外挑戦で順風満帆なスタートを切っていると言えよう。

なぜ前田大然は、現在のチーム状況はどうあれ、ポルトガル屈指の名門クラブのひとつであるマリティモでコンスタントにプレー機会を得ることができているのだろうか。

ヌーノ・マンタ率いるチームは、シーズン序盤は5-4-1のシステムをベースに試行錯誤を重ねてきたが、直近では4-5-1システムが定着しつつある。前田大然はその中で、右サイドハーフを中心に、メンバー編成によっては最前線を任せられるなど、複数のポジションを経験しているが、彼の主戦場である両サイドハーフに対して、ヌーノ・マンタは身体・状況判断(頭)の両面で、負荷の高いタスクを与えており、前田はそれに十分に応えているのが要因だろう。

マリティモでのプレー原則として、ボール非保持時には、サイドハーフは相手サイドバックをほぼマンツーマン気味にケアしなくてはならない。そのため、サイドバックが高い位置を取り続けるポルト相手には、ほぼ6-3-1と言っても過言ではないほどに右の前田大然と左の8番ホルヘ・コレアが最終ラインに吸収されていた。

チームの守備の基準点は、相手がハーフウェイランを超え、サイドにボールを預けたタイミング。中央を強固に締めていた3センターハーフが前進し、サイドハーフとサイドバックと連動してボールをからめ取る。ポルト戦でも、マリティモの3枚のセンターハーフ、キャプテンマークを巻いた12番のエドガル・コスタ、19歳の若手MFである背番号60のペドロ・ペラージオ、そして2012年には川崎フロンターレでプレーしていた25番のレネ・サントスは、ポルトの豪華攻撃陣を完全に制圧していた。

松本山雅時代には、最前線でボールを追いかけ回す印象の強かった前田大然だが、マリティモで求められる守備を理解し、あくまで相手サイドバックをケアするためのポジションを取り、それ以外には無闇にチェイスせず、奪いどころで味方と連動してボールをからめ取る、というタスクを十分に遂行していた。(ただし、味方とのマークの受け渡し等は未だ改善の余地が大きく、相手サイドハーフをフリーにさせてるしまうシーンも散見された)

ボール保持時には、ヌーノ・マンタが所属選手各々の個性を把握したうえで最適化したであろう、彼のエッセンスが表出した特徴が出ており、前田にはサイドハーフらしからぬ役割が与えられている。

非保持時には4-5-1の低いポジションでブロックを組むサイドハーフだが、ボール保持時には4-3-3に近い形で、運動量をもってポジションを上げる。その際に、右サイドハーフの前田大然は、ワントップである192センチの長身FW21番ルチアーノ・ネケカウルと、ツートップに近いポジションを取り、左サイドハーフのコレアはワイドに位置取る、左右非対称な布陣が基本となる。コレアは左利きのドリブラーであり、ワイドに張りながら一人で局面を打開できるタイプであるため、右サイドハーフはかつての日本代表で岡崎慎司がその役割を果たしたように、中央に待ち構えゴールを陥れる役目を期待されている。

一方で、右サイドはというと、右サイドバックのギニアビサウ代表31番のナヌーが、見かけによらずボールの扱いがうまく、高い位置で攻撃参加する。ツートップに近い動き方をする前田は、中央からサイドに抜けてナヌーからボールを受けたり、反対にサイドから中央にダイアゴナルに動き出してゴールへ向かったりと、柔軟な動きを見せる。特にダイアゴナルな動きについては、ポルト戦でも、相方の長身FWネケカウルがボールを競ってそらす裏のスペースを、前田は虎視眈々と狙っている印象があった。(ネケカウルがぺぺやマルカーノらとのエアバトルに歯が立たず、実際に裏で得点機を迎えることはなかったが)

まとめると、ボール非保持時には、最終ラインに吸収されることを厭わず、味方と連動して集中力を持って守備網を形成し、ボール保持時には運動量を上げて最前線に位置どり、サイドハーフながらツートップ的な役目を全うする。まさに、松本山雅時代にトップやトップ下のポジションを主戦場としていた前田だからこそ体現できるサイドハーフ像なのだ。逆サイドのコレアには、このオフェンスタスクは決して成し得ないし、ポルトガルリーグ全チームを探しても、このようなサイドハーフ像は見当たらない希少な存在だ。ちなみに、ポルト戦でもそうだったように、チームの選手交代によって、ワントップや左サイドハーフなどポジションを取っ替え引っ替えする柔軟性も、スタメンでプレーする選手として重宝されている理由だろう。

現在の前田大然は、上記のような献身的なプレーを高く評価され、一家に一台必要な便利屋としてチームに十分に貢献している。自身初の海外リーグで、間違いなく選手としての幅を広げているし、その手応えも感じつつあるに違いない。今後のさらなる躍進に期待したい。

【保存版】19-20季、ポルトガル1部全18チームの監督人事を紹介

2018-19シーズンのポルトガルリーグを制したのは、「Bチームの人材」が躍動したベンフィカだった。Bチームから途中就任したブルーノ・ラージュ監督のもと、Bチームから昇格して1年目のジョアン・フェリックスら若手が躍動。シーズン序盤のつまずきを猛烈な勢いで挽回し、首位を独走していたポルトとの熾烈な優勝争いを2年ぶりに制した。

一方のポルトは、CLこそベスト8に進出するも、2連覇を期して臨んだリーグ戦では、ベンフィカ相手にシーズンダブルを許し、タイトルを逃す屈辱。今季は多くの主力選手が退団し、チーム編成も一新する中で王座奪還に挑む。

今季は中島翔哉がカタールからポルトへ、さらには、安西幸輝(ポルティモネンセ)や前田大然(マリティモ)ら若き日本代表世代が中島の成功例の再現を求めてポルトガルへの移籍を決断。中島がポルティモネンセに所属していた昨季よりも、日本におけるポルトガルリーグへの注目度が一層に増すことだろう。新シーズンもベンフィカとポルトを中心にタイトル争いが展開されるであろうポルトガル1部リーグについて、今年も毎年恒例、全18チームの監督名鑑をお届けする。

昨季1位 ベンフィカ:ブルーノ・ラージュ

ブルーノ・ラージュ(続投)

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クラブにジョルジ・ジェズス時代から続くリーグ4連覇(自身2連覇)をもたらしたルイ・ビトーリアをシーズン序盤に途中解任し、Bチームからブルーノ・ラージュを昇格。この大抜擢がベンフィカのシーズンを一変させた。

かのジョゼ・モウリーニョですらポルト優勢と踏んでいた優勝争いを怒涛の連勝で覆し、就任後19181分と驚異的な追い上げを見せ、クラブに2年ぶりのタイトルをもたらした。特にトータルでシーズン103点を叩き出した攻撃陣の躍動は目覚ましく、ナシオナルとの一戦は10-0という衝撃の大勝を飾った。この快進撃は、序盤戦こそ「今季はポルトだろう」と予想していたモウリーニョを、のちに「私が間違っていた」と言わしめるものだった。

今季もクラブは、昨季リーグ戦終盤を無敗で乗り切ったブルーノ・ラージュに指揮を託す。スカッドとしては、2度のリーグ得点王と2年連続の年間MVPなどポルトガルで輝かしいキャリアを積んだジョナスが引退したが、リーグ得点王ハリス・セフェロビッチやランキング3位ラファ・シウバ、アシストキングのピッツィら多くの主力選手が残留。かつては鹿島アントラーズに所属したカイオ・ルーカスもいよいよ今季からチームに合流するなど、既存戦力と新戦力のバランスはよい。インターナショナルチャンピオンズカップでは、ミランやフィオレンティーナなどイタリアの強豪を撃破して優勝を飾り、スポルティングとのスーペルタッサを5-0で完勝するなど、チームの滑り出しは良好だ。監督自身が昨季まで育て上げたジョッタらBチーム出身選手もインパクトを残し、毎年恒例となりつつあるリーグを代表する新星の頭角も期待できる。

リーグ2連覇と昨季は失意に終わった国内カップ戦およびCLでの躍進のためには、トップチームで初めてフルシーズンの指揮を執る監督自身の育成・抜擢の手腕が大きく問われるが、現状チームの出来上がりは極めて順調。今季はこのブルーノ・ラージュが国内のあらゆるタイトル争いをリードすることだろう。

昨季2位 ポルト:セルジオ・コンセイサオン

セルジオ・コンセイサオン(続投)

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古巣ポルトをビトール・ペレイラ期以来5年ぶりのリーグ王者に導いたセルジオ・コンセイサオンだが、2年連続のリーグ優勝を目指した昨季は、ベンフィカにシーズンダブルを許すなど苦難の年に。ベスト8進出と躍進したCLとの両立に苦しみ、終盤はドローが続いて下位クラブから勝ち点を取りこぼした。

それでも、優勝シーズンにジョゼ・モウリーニョの持つクラブ歴代最多勝ち点記録862ポイント多く塗り替えた若き名将への評価は色あせず。心筋梗塞の影響で現役続行が不透明な守護神イケル・カシージャス、守備の要であったエデル・ミリタオン(レアル・マドリード)とフェリプ(アトレティコ・マドリード)、豊富な運動量で長らくチームを支えていたエクトル・エレーラ(アトレティコ・マドリード)、圧倒的な個人技でアクセントを加えていたヤシン・ブライミ(アル・ラーヤン)ら、主力選手が大量に流出し変革期を迎えるチームの再建に挑む。

今季もクラブ伝統の4-3-3と監督が得意とする4-4-2システムを使い分け、手堅く勝負強いサッカーが志向されるだろう。タイトル奪還のためには、CL予選アウェイのクラスノダール戦ではベンチ外となった中島翔哉やレンソ・サラビアら、新戦力の躍動が不可欠。多くのメンバーが入れ替わった今季の成績は、彼ら新戦力のパフォーマンスに直結するため、コンセイサオンのチーム作りには序盤戦から注目が集まる。

昨季3位 スポルティング:マルセル・カイザー

マルセル・カイザー(続投)

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ポルティモネンセ相手に4-2と破れた直後、スポルティングは早々に手を打った。新監督として招聘したジョゼ・ペゼイロは、大方の予想通り平凡な成績に甘んじ、不名誉な「ポルトガル1部リーグ監督交代第1号」となってしまった。

この迅速な判断が吉となり、オランダ人新監督マルセル・カイザーのもとチームは何とか立て直し、リーグ戦は3位と最低限の結果をマーク。カップ戦では、リーグカップとポルトガルカップの2冠に輝き、スーペルタッサとポルトガルカップを戴冠した2007-08シーズンぶりの2タイトルを獲得するなど、近年稀に見る好成績を残した。ただやはり、何としても手中に収めたいのは、2001-02シーズン以来となるリーグタイトルだろう。

カイザーが率いたシーズン後半は、リーグ戦9連勝と怒涛の追い上げを見せ、来季への期待感をにおわせた。ポルト時代のフッキ、ベンフィカで引退を発表したジョナスに続いて、2年連続リーグ年間MVPに輝き、MFながらシーズン32ゴールを記録してアレックス(当時フェネルバフチェ)が保持していたヨーロッパMF歴代最多得点記録を更新するなど、リーグを代表するアタッカーとして君臨したブルーノ・フェルナンデスの移籍動向は気になるところだが、いずれにせよ、20年ぶりのリーグ制覇のためには、この絶対エースに依存しないチーム作りが必要だ。

昨季4位 ブラガ:リカルド・サー・ピント

アベル・フェレイラ(今季:PAOK)

リカルド・サー・ピント(前:レギア・ワルシャワ)

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2017-18シーズンにブラガの歴史上最も多くの勝ち点(75)を稼いだアベル・フェレイラは、昨季もチームを「ポルトガルの4強」の地位にキープさせ、最低限のミッションは達成。2シーズンにわたり安定的な結果を残した手腕が評価され、自身の監督キャリアでは初となる海外挑戦のため、ギリシアのPAOKへと旅立った。

新監督には、ギリシアやベルギーなど国外中位リーグでの実績が豊富なリカルド・サー・ピントを招聘。ポルトガルでの指揮は2015-16シーズン以来となるが、国内での実績は正直なところ乏しい。クラブ史上最高の監督となったアベル・フェレイラの後釜として4強の座を死守できるか。監督にとってもクラブにとっても、試練の1年を迎えるだろう。

昨季5位 ビトーリア・ギマラインス:イボ・ビエイラ

ルイス・カストロ(今季:シャフタール)

イボ・ビエイラ(前:モレイレンセ)

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ビトーリア・ギマラインスをリーグ5位に導いたルイス・カストロは、パウロ・フォンセッカ監督をローマに差し出したウクライナ王者シャフタールの監督に抜擢された。ルイス・カストロが、フォンセッカの後任として監督就任するのは、同監督がポルトで途中解任され、自身がBチームから昇格した2013-14シーズンを想起させる。

後任には、モレイレンセをクラブ史上最高となるリーグ6位に大躍進させたイボ・ビエイラを招聘。43歳の青年監督と単年契約を締結した。ポルト北部ミーニョ地方のライバル関係にあるブラガも、監督を海外リーグに引き抜かれ変化の時期を迎える今季、天敵をリーグ4位の座から引きづり下ろすには絶好のチャンスだ。

昨季6位 モレイレンセ:ビトール・カンペロス

イボ・ビエイラ(今季:ギマラインス)

ビートル・カンペロス(前:ギマラインスB)

2017-18シーズンには、マルコ・シウバが一時代を築いたエストリルを2部に降格させてしまったイボ・ビエイラだが、昨季はモレイレンセでクラブ史上最高の成績を残し、見事に名誉挽回。ポルトガル屈指の強豪ビトーリア・ギマラインスに引き抜かれた。

クラブは後任としてビートル・カンペロスと契約。同監督にとっては、2017-18シーズンにギマラインスBを退団して以来の現場復帰となる。1部リーグでのトップチーム監督経験は、同シーズンにペドロ・マルティンスが解任され後任のジョゼ・ペゼイロが決まるまでの暫定監督として1試合を務めたのみ。経験の浅い監督に率いられる今季、万年降格圏のクラブにとっては、再び順位表の底と睨み合う厳しい1年となるだろう。

昨季7位 リオ・アベ:カルロス・カルバリャウ

ダニエル・ラモス(今季:未定)

カルロス・カルバリャウ(前:スウォンジー)

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サウジアラビアのアル・タアーウンを経て監督就任したジョゼ・ゴメスは、大方の予想通り早々に解任。クラブは、こちらもシャービスで途中解任の憂き目にあったダニエル・ラモスを招聘し、何とか一桁順位はキープした。功労者であるダニエル・ラモスは契約延長せず退任したが、新監督として大物指揮官を抜擢した。

近年はその監督輩出力に優れるリオ・アベ。ヌーノ・エスピリト・サント(ウルバーハンプトン)、ペドロ・マルティンス(オリンピアコス)、そしてミゲウ・カルドーゾ(AEK)。リオ・アベ経由で海外リーグに監督を輸出するケースは、ポルトガルにおける一種のトレンドとなりつつあったが、今季は監督を逆輸入。プレミアリーグなど海外での実績が豊富な名将カルロス・カルバリャウを母国に呼び戻した。

53歳のベテラン監督は、2018-19にプレミアのスウォンジーを退任して以来となる現場復帰。スウォンジー以前には、トルコのベシクタシュやイングランドチャンピオンシップのシェイフィールド・ウェンズディなどで監督を歴任してきた。ポルトガルクラブを率いるのは、2009-10シーズンにスポルティングの監督を務めて以来。自身にとっても、主要タイトルには2007-08シーズンにビトーリア・セトゥバルでリーグカップを戴冠して以来見放されている。

10年ぶりとなる母国ポルトガルへの復帰。海外での経験を還元し、チームをEL圏およびカップ戦タイトル獲得に導くことが使命だろう。それを期待させるに十分な経験値は持ち合わせている。

昨季8位 ボアビスタ:リト・ビディガル

リト・ビディガル(続投)

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ポルトガル期待の若手監督のひとりジョルジ・シマオンはシーズン途中に解任。同監督にとって、ベレネンセス、パソス、シャービスなど中小クラブを度々上位に押し上げてきた成功サイクルは、強豪ブラガに引き抜かれ・その年に途中解任されて以来、なぜか狂い気味。ブラガ時代に続き、シーズン途中で無念の退任となってしまった。

クラブは、昨季途中に招聘したリト・ビディガルに今季もチームを託す。いまや3部相当ポルトガル選手権まで降格してしまったアロウカ時代には、この弱小クラブを5位に導きELでの経験も積んだ監督。リーグ優勝経験のある5クラブの一角として、そろそろ古豪復活を実現させたい。

昨季9位 ベレネンセス:ジョルジ・シラス

ジョルジ・シラス(続投)

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こちらもボアビスタ同様、1部リーグ優勝経験のある5クラブの一角を成す古豪。昨季は近代化を推し進めんと、ポルトガルでは初のケースとなる前衛的なクラブロゴへの刷新に踏み切った。

監督としては、2016-17年に現役引退して以来チームの指揮を任せているジョルジ・シラスが続投。古風なクラブイメージの刷新を主導する旗頭として、就任してはや4年目となる今季、そろそろ「古豪」の呪縛から抜け出すのに一躍買うような結果を残したい。

昨季10位 サンタ・クラーラ:ジョアン・エンリケス

ジョアン・エンリケス(続投)

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2018-19シーズンのポルトガルリーグにとって、サプライズのひとつはサンタ・クラーラの躍進であった。アソーレス諸島に本拠地を置くクラブは、同じ島国クラブ、マデイラ島のナシオナルとともに、昇格組として1部リーグに挑戦。元ポルトガル代表MFコスティーニャに率いられたナシオナルが1年での降格を強いられるなか、サンタ・クラーラは降格圏はおろか一桁順位にあと一歩まで迫る快進撃を見せた。

この実績が評価されたジョアン・エンリケスは、国内屈指の強豪ビトーリア・ギマラインスからの関心も伝えられるなか、今季はクラブへの残留を決断。昨季の快進撃がフロックでないことを証明し、来季以降の飛躍に繋げたい。

昨季11位 マリティモ:ヌーノ・マンタ

プティ(今季:未定)

ヌーノ・マンタ(前:フェイレンセ)

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オランダでの指導経験が豊富な異色のキャリアを持つクラウディオ・ブラガは途中解任。クラブは近年ピンチヒッターの名手となりつつあるプティに助けを請うた。

昨季は無事に残留を果たしたクラブは、契約満了によりプティの退任を発表し、新たにポルトガル国内有数の若手監督ヌーノ・マンタを招聘。しかし、プレシーズンが始まるとプティが練習場に現れ「まだ契約は残っている」と主張。平行線をたどる両者の争いは、終いには裁判沙汰となり、現在も一件落着とはいかないような状況だ。

それでも、新監督がヌーノ・マンタであることに変わりはない。2010-11シーズンにフェイレンセのユース監督に就任して以来、監督として全てのキャリアを同クラブに捧げてきた。2016-17シーズンには、奇しくも今季から率いることとなったマリティモを相手にジョゼ・モッタ監督が敗北・途中解任され、その後任として初のトップチーム監督に就任。最終的には、弱小クラブをリーグ8位へと躍進させ、ポルトガル国内屈指の若手監督として注目を集めた。昨季は愛するクラブで成績不振に陥り無念の途中交代となったが、その手腕への評価は色あせず。上位返り咲きを狙うマリティモと2年契約を締結した。

監督自身にとってもクラブにとっても、今年は名誉挽回を期する勝負の1年。ヌーノ・マンタはここで突出できれば、さらなる国内強豪クラブへのキャリアも拓けるだろう。そのチームの一員として、松本山雅から期限付き移籍で加入した前田大然の活躍にも期待がかかる。

昨季12位 ポルティモネンセ:アントニオ・フォーリャ

アントニオ・フォーリャ(続投)

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ビトール・オリベイラが率いた一昨季に続いて、再び台風の目としてリーグを席巻した。新エースナンバー10番を着用した中島翔哉や、かつてのポルトガルリーグ3年連続得点王ジャクソン・マルティネスらポルトガルリーグを代表するスター選手が各々の個性を存分に発揮。ベンフィカとスポルティングを下し、それぞれルイ・ビトーリアとジョゼ・ペゼイロの2人の指揮官を途中解任に追い込むなど、ビッグサプライズを度々演じる1年を過ごした。

新シーズンもチーム得点王ジャクソン・マルティネスを中心に据え、サイドを起点に素早く敵陣営を切り裂く攻め筋は、ポルトガルリーグで猛威を振るうだろう。プレシーズンから試合に絡んでいる安西幸輝もその一役を担うはずだ。昨季はLSBのウィルソン・マナファがシーズン途中でポルトへ移籍したように、安西にとっても半年間の活躍次第では、さらなるビッグクラブへの道も拓ける。昨季後半からメンバー入りの機会が増えた権田修一が正GKのポジションを奪えるかにも注目だ。

昨季13位 ビトーリア・セトゥバル:サンドロ・メンデス

サンドロ・メンデス(続投)

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昨季途中にアンゴラ国籍のリト・ビディガルからバトンを継いだカーボベルデ国籍のサンドロ・メンデスが今季も続投。同監督は、選手としても、ここセトゥバルで育成時代を過ごし、プロとして10年以上も在籍。引退後とクラブにとどまりユースチームのコーチとしてキャリアを積み重ねた、純血のSadinho(セトゥバルの愛称)だ。自身初となる1部トップチームをシーズン開幕から指揮する今季、愛するクラブを上位に導けるか。クラブの功労者が成績不振で途中解任される様はサポーターも見たくはない。

昨季14位 アービス:アウグスト・イナーシオ

アウグスト・イナーシオ(続投)

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前年にスポルティングとの決勝のすえポルトガルカップを戴冠し、アービスに史上初の主要タイトルをもたらしたジョゼ・モッタと、クラブ首脳陣は降格を避けるためやむなく決別。同監督は公式声明で敬意を表され勇退する形でチームを去った。

今季は、昨季シーズン途中から監督を務めるアウグスト・イナーシオが続投。ギマラインスやマリティモなど国内クラブだけでなく、エジプト、アンゴラ、ギリシア、ルーマニア、イランなど国外での指揮、またスポルティングでジェネラルディレクターを務めるなど、ピッチ内外における経験豊かな64歳の老将にチームを託す。

昨季15位 トンデーラ:ナチョ・ゴンザレス

ペパ(今季:未定)

ナチョ・ゴンザレス(前:デポルティボ)

トンデーラの歴史に名を刻んだ指揮官がついに退任。クラブを最終節に1部残留に導くこと2回、2017-18シーズンには史上最高順位となる11位に押し上げたペパの退団が決定した。

新任には、スペイン人のナチョ・ゴンザレスを抜擢。スペイン国内のみで監督としてのキャリアを積んできた52歳の同監督にとって、同じイベリア半島の隣国といえど初の国外挑戦となる。ただ、トンデーラは昨季も紙一重で残留を達成した弱小クラブ。今季も1部残留が現実的な目標だろう。

昨季21位 パソス・デ・フェレイラ:フィロー

ビトール・オリベイラ(今季:ジウ・ビセンテ)

フィロー(前:コビリャン)

「ポルトガルの昇格王」ことビトール・オリベイラに率いられたパソス・デ・フェレイラは、無事に1年での1部復帰を達成。自身11度目、ポルティモネンセで1部リーグを戦った2017-18シーズンを除くと、2012-13シーズンから6シーズン連続でのミッションを成功させてお役御免となった。

新監督には、現役時代にパソスでCBとしてプレーした経歴を持つフィローを招聘。監督自身にとって、ポルトガル1部リーグで指揮を執るのは初。昨季は2部コビリャンを率いてリーグ6位と何とも言えない成績に終わっていた。かつてはパウロ・フォンセッカ現ローマ監督のもとリーグ3位に輝いたことのある新興クラブの一角なだけに、1年での降格だけは何としても避けたいところだ。

昨季22位 ファマリカオン:ジョアン・ペドロ・ソウザ

カルロス・ピント(今季:レイソインス)

→ジョアン・ペドロ・ソウザ(前:エバートンアシスタントコーチ)

クラブにとって四半世紀ぶりとなる1部昇格を置き土産に、カルロス・ピント監督は2部レイソインスへ移籍。日章学園高校時代には選手権で優秀選手に選ばれたこともある菊池禎晃が今季よりプレーするクラブで、再び1部昇格に挑む。

新監督ジョアン・ペドロ・ソウザは、マルコ・シウバの懐刀と言える存在。同監督が現役引退して監督就任したエストリル時代から、スポルティング、オリンピアコス、そしてハル・シティ、ワトフォード、エバートンとプレミアリーグでもアシスタントコーチを務めてきた。ファマリカオンには2009-10シーズンにアシスタントコーチとして在籍した過去があり、古巣復帰が実現する形となった。

マルコ・シウバは、エストリルで2部優勝を飾った翌年から、2年連続でクラブを15位以上に導いたことで、わずか3シーズンで2部監督から名門スポルティングの監督に到達した。恩師のシンデレラストーリーを再現できるか。

昨季3部 ジウ・ビセンテ:ビトール・オリベイラ

ナンディーニョ(今季:未定)

ビトール・オリベイラ(前:パソス・デ・フェレイラ)

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昨季は3部相当ポルトガル選手権を戦っていたジウ・ビセンテ。2006年にポルトガルリーグ規定に抵触する選手起用をしたため勝ち点を剥奪され1部から2部に降格していたが、調停のすえ今季より再び1部に挑む形となった。

そんなクラブを新たに率いるのは、前述の「昇格王」ビトール・オリベイラ。久々の1部挑戦となった2017-18シーズンにはポルティモネンセを率いてリーグを席巻しただけに、今季もダークホース候補として注目だろう。ただし、3部から1部に一段飛ばしでステップアップしただけに、現有戦力でどこまで戦えるか。ポルティモネンセ時代にも限られた戦力で格上の相手を破ってきた監督の自身手腕が大きく問われる。

以上、2019-20シーズンのポルトガル1部リーグを戦う全18チームの監督人事を紹介した。中島翔哉、安西幸輝、権田修一、前田大然ら日本代表選手の活躍ぶりを見るかたわらで、欧州のサッカーシーンで将来中核を担うであろう彼ら未来の名将候補にもぜひ刮目いただきたい。

ポルトっていまどんな感じ?中島翔哉は活躍できるの?ポルティスタの私が気になる疑問に答えます。

私とポルトとの出会いは、若きジョゼ・モウリーニョが、アレックス・ファーガソン率いるマンチェスター・ユナイテッドと戦ったあの伝説の一戦です。ポルトが勝ち越しゴールを決めた瞬間、モウリーニョが我を忘れてタッチラインを爆走したあのビクトリーラン。生では見ていなかったのですが、何かの映像で記憶しており、それがいまのポルトガルへの情熱に至ります。

本格的に試合を見出したのがポルトガルに留学していた2013-14シーズン。それからは帰国後も、定期的にポルトの試合はフォローしています。ポルトに1年間住んでいた頃には、クラブのソシオになり、ドラガオン・スタジアムの徒歩圏内に住み、毎週スタジアムに足を運んでいたものです。なので、日本人の中では、まあまあポルトについて詳しい方なのではないかと自負しております。

そんな愛するポルトに、この度日本人が加わりました。ポルティモネンセで大ブレイクし、なぜか一度カタールを挟んでポルトガルに戻ってきた中島翔哉くんです。もちろん日本人の加入はポルティスタの私にとっても歴史的な大事件で喜ばしいことなのですが、一方で、日本人選手がこのビッグクラブで通用するのかという心配も当然感じるところです。

この記事を読んでくださっている皆様は、日本代表、中島翔哉、ポルト、このどれかに少なからず興味がある方々かと思います。だからこそ、同じような疑問を抱えている方も少なくないのではないでしょうか。

果たしていまのポルトはどんな感じなのか、その中で中島翔哉は活躍できるのか、ポルトを長らく追っているものとして、少し考えてみたいと思います。

ポルトの現在地

まずいまのポルトはどんな感じなのか。一言で言えば「いちサイクルが終わり迎える転換期」でしょう。

昨年はリーグ2位に甘んじましたが、CLでは優勝したリバプールに敗れることになるベスト8まで進みました。正直、グループステージ敗退やベスト16敗退が多いポルトガル勢にとっては大健闘です。その前年には、5年ぶりにリーグ優勝を果たしました。いまもチームを率いるセルジオ・コンセイサオン監督は、モウリーニョが保持していたクラブ歴代最多勝ち点記録を塗り替えました。つまり、クラブ史上最も勝ち点を稼いだ、歴代で最も勝負強いチームだったのです。あのフッキやファルカオ、ハメス・ロドリゲス、ジョアン・モウティーニョらがアンドレ・ビラス・ボアス監督のもとEL含む4冠を達成した2010-11以来でしょう、これほど強いポルトを見たのは。

そんな黄金世代が、今年大解体されてしまいました。GKイケル・カシージャスは心筋梗塞の影響で現役続行が不透明な状況。守備の要であった2人のブラジル人、エデル・ミリタオンはレアル、フェリプはアトレティコの、それぞれ隣国の首都クラブに引き抜かれ、そこにキャプテンであるエクトル・エレーラもついていく始末。絶対的チャンスメーカーのヤシン・ブライミについては、毎年引き抜かれる詐欺に遭い、ついに契約満了で詐欺が真に。アフリカネーションズカップで怪我をしていまは無所属ですが、ポルトにはもう戻りません。彼らはまさにこのコンセイサオン時代を彩った黄金の主軸メンバー。当然、彼らの退団がチームにとって大打撃であることは言うまでもありません。

そんな状況下でポルトに加入したのが、日本代表の中島翔哉くんというわけです。ブライミの後継者と期待され、同じ背番号8番を託されました。そして、念には念を、ポルトは同ポジションにコロンビア代表ルイス・ディアスも補強して、熾烈なレギュラー争いが起こる環境を意図的に作り出しました。また、ミリタオンが務めた右SBには、こちらも代表選手アルゼンチン人のレンゾ・サラビアを獲得。多くの主軸が抜けた穴を、彼らよりも将来性豊かな若き代表選手で補い、走り出したのが今シーズン、という状況です。

中島翔哉の可能性

当然、中島翔哉くんには、ブライミのように左サイドをドリブルで八つ裂きにし、前線に控える屈強な味方FWのゴールをお膳立て、自らも相手ゴールを脅かし、時には相手のカウンターアタックを猛追して汗を掻く、ゴール前に敷くブロックの一員になる、そんな役割が期待されるはずです。そう、特に守備面はポルティモネンセ時代とは全く違う役割を。

今季もセルジオ・コンセイサオン監督は4-4-2と4-3-3を併用して長いシーズンを戦うことでしょう。下記が個人的に予想する新シーズンのスタメンです。

<予想スタメン>
(斜線で選手を区切ったポジションは、現状同率想定でレギュラーの予測は困難)

4-4-2
GK バナー
RSB レンゾ・サラビア
CB ぺぺ
CB ディオゴ・レイテ/イバン・マルカーノ
LSB アレックス・テレス
CMF ダニーロ・ペレイラ
CMF オリベル・トーレス/セルジオ・オリベイラ
RMF ヘスス・コローナ
LMF オタービオ・モンテイロ/中島翔哉/ルイス・ディアス
CF チキーニョ・ソアレス
CF バンサン・アブバカル/ゼ・ルイス

4-3-3
GK バナー
RSB レンゾ・サラビア
CB ぺぺ
CB ディオゴ・レイテ/イバン・マルカーノ
LSB アレックス・テレス
DMF ダニーロ・ペレイラ
CMF オリベル・トーレス
CMF オタービオ・モンテイロ
RWG ヘスス・コローナ
LWG 中島翔哉/ルイス・ディアス
CF バンサン・アブバカル/チキーニョ・ソアレス

※なお、イケル・カシージャスは現役引退が有力視、ムサ・マレガはプレミアリーグ移籍が有力視されているため、上記には含んでいません。

おそらくGKがバナーでは壊滅するため、何としてもカシージャスの後釜は移籍ウィンドウ閉幕までに補強するはずです。
そして、どちらのシステムでも変わらない4バックは、おそらくこれが有力。ローマから復帰したマルカーノに、若手ディオゴ・レイテがどこまで食らいつけるか。

肝心なのは、4-4-2と4-3-3のMFの構成、もっと言うと、現在ポルトの左サイドアタッカーで最も序列の高いオタービオが、ウインガーとして使われるか、インサイドハーフとして使われるか。それによって、中島翔哉くんのスタメン争いの熾烈度が大きく変わってくるでしょう。

オタービオは非常に器用な選手です。昨季も2トップ採用時には、ヤシン・ブライミを差し置いてLMFのスタメンを張ることも多く、3トップ採用時には、インサイドハーフに据えられて、LWGにブライミまたはムサ・マレガを置く攻撃布陣のオプションも作り出せる、1家に1台欲しいキープレイヤーです。

コンセイサオンは対戦相手に応じてシステムを使い分けます。中島翔哉くんは、4-4-2の場合はオタービオと新加入コロンビア代表の若手FWルイス・ディアスの3人でLMFのポジションを争い、4-3-3の場合はディアスとLWGをめぐり一騎打ちといったところでしょうか。なお、もしムサ・マレガが残留した場合、本来ワントップの彼をLWGに据える荒技もオプションとしては残ります。

このように、ポジション争いとしては、基本的にはコロンビア代表の新加入ルイス・ディアスとの競争がベースにあり、そこにチームの要オタービオがどこまで関わってくるか、というのが概観かと思います。果たして、中島翔哉くんはそんなポルトの中で活躍することができるのでしょうか。

結論としては「攻撃は周りを使う判断をよく、守備は味方との連動。チームのいちピースとして約束事を守れば、十分に試合に使われ、あの個性があれば活躍できる」でしょう。

サッカーダイジェストさんにこんな記事が載っていました。セルジオ・コンセイサオンは中島翔哉にとって「決して相性がいい監督とは言えないかもしれない」とのことです。その理由として「規律とハードワーク」を「ことさら要求」する、オリベル・トーレスのように「守備に貢献できない選手は評価されない」と述べられています。

「決して相性がいい監督とは言えないかもしれない」とは、いろんな炎上リスクを想定して相当マイルドにした表現になっていますが、結局明確な立場をとるなら「守備ができない選手は使わない監督であり、中島翔哉は守備できないから相性悪いよ」ってことなのでしょう。まあ総論間違ってはいないのですが、ざくっと「守備ができないから相性悪い」と言ってしまうことには正直違和感があります。
(そもそも、本職がトップ下のオリベルがセントラルハーフの守備をできないことと、サイドアタッカーがサイドアタッカーの守備ができないことも、前提が違いすぎて一律に比較できないです)

たしかにセルジオ・コンセイサオン監督は、守備ができない選手は使いません。しかしそれは「ことさら要求」しているわけでもなんでもなく、一般的なヨーロッパの監督が求めるそれです。コンセイサオンの守備の要求に応えられない選手は、ヨーロッパのどの中規模以上のクラブに行っても活躍できないのではないかと思います。まず明確に示しておきたいのは、「コンセイサオンが求める守備とは、ヨーロッパで求められる一般基準の守備である」ことです。相手との関係性から適切に判断されたポジショニング、味方と連動してはめる誘導、前進・後退の判断、1対1で奪い切る能力、などなどであり、このようなヨーロッパで活躍するには一般的に備えてなくてはならない守備の最低基準を、コンセイサオンも全選手に求めているというだけです。つまり、何も特別な守備力が求められているわけではなく、中島翔哉くんとの「相性」でも何もないわけです。

なんなら、攻撃の観点から言えば、かなり相性の良い監督です。コンセイサオン率いるポルトにおいて、戦術兵器となっているのは左SBのアレックス・テレスです。3トップだろうと2トップだろうと、彼が大外レーンを陣取り、左サイドのアタッカーを追い越して高精度クロスを上げ、それにムサ・マレガやチキーニョ・ソアレスら空中戦最強の肉弾兵が合わせる形は、ポルトの黄金パターンです。

加えて、4-4-2を採用する際には、ポルトのFW陣は前線で構えたいタイプが多く、1列目と3列目には広大なスペースが空きがち。昨年まではここをエクトル・エレーラが圧倒的な運動量で埋めていましたが、今季代わりとなるオリベル・トーレスにはそこまでの機動力は見込めません。

大外はアレックス・テレスが配置する、1列目と3列目の空間が開く。この2つの条件が揃うとどうなるか。中島翔哉くんの大好物なカットインができるスペースが空きます。彼は現状では、このようなシーンにおいて、カットインをして強引にシュートまで持ち込む傾向にありますが、アレックス・テレスを有効に使う・使わないの判断を適切にして相手を混乱させ、自らのプレー選択の幅を広げる判断が磨かれると、コンセイサオンが彼を使わざるを得ないくらいの得点貢献はできるはずです。

このように、攻撃面では彼の価値が出しやすいチームの全体設計になっています。ただし、カウンターを受けるリスクやアレックス・テレスに預けたときの攻撃の破壊力を考慮したうえで、中島翔哉くんがベストな選択肢を判断・実際に体現できるか。ここだけは攻撃面においても懸念点ではあります。ベタ引きでカウンター一本を狙ってくるチームが多いポルトガルリーグでは特に。

一方の守備。これはコンセイサオン監督との相性どうこうではなく、ポルトの守備戦術を構成する一員として、いち監督から求められる連動ができるかどうかのみです。そして、ポルティモネンセ時代には攻め残り要員としてある種免除されていた守備を、ポルトに来ていきなりできるのかという部分は正直心配です。

ここで大まかなポルトの守備原則をおさらいしましょう。昨季、CLリバプール戦を前に下記のコラムを書かせていただきました。そこに書いたのは、主に下記の守備原則です。

・アタッキングサードでは、FWとWG/SMFが相手ディフェンスラインにプレッシャーをかけて、ロングボールを蹴らせて回収する
・ミドルサードを突破されディフェンシブサードに侵入されると、撤退して守備ブロックを形成する

WGもしくはSMFを任されるであろう中島翔哉くんには、このような相手をはめるポジショニングや前進・撤退の判断を、90分間を通じて、相手選手を見ながら味方と連動して体現し続けないといけません。加えて、前述の通り、彼の後ろにつけるアレックス・テレスは攻撃に持ち味のある選手です。(ポルトガルリーグのアシストランキングで上位常連) 当然、強豪ポルトに一矢報いようとする、または宿命のライバルの撃退に燃えるその他全17チームは、ここをカウンターの起点と利用することは言うまでもありません。カウンターに備えバランスを考慮したポジションを取り、実際にカウンターを食らった際には、自分がどんなに攻め疲れていようと、猛烈に守備に戻らないといけません。上記ができない選手を、セルジオ・コンセイサオンは「使わない」というわけです。

徒然と書きすぎたのでここでまとめます。

攻撃時には、1列目と3列目のスペースにカットインで侵入した際、周囲を使う判断を含む最良のプレー選択。(ちなみに、ポルトファンはボールを持ちすぎてカウンターをくらう選手には、Passa a bola, caralho! (パス出せよクソ野郎!)と容赦ないです。あのリカルド・クアレスマもよく罵られていました)
そして守備時には、チームの守備戦術に連動した判断とポジショニングを90分間体現し続ける能力と、カウンターに備えるバランス。

不思議ですね。中島翔哉くんに足りない能力が、ポルトではちょうど求められます。弱点を克服できるかできないか、簡単に言ってしまえば、それこそが彼がポルトで試合に出場し続け、活躍できる条件であると考えます。

彼はよく言います。「サッカーを楽しむ」と。彼の中で楽しむとはどういう定義なのかは推し量れませんが、私個人の考えでは「弱点を認識して克服するプロセスを経て選手として一段上のステージに登り、世界でもトップレベルのタレントが揃うポルトというメガクラブにおいて、チームの一員として活躍する」こと。これを体現することが「サッカーを楽しむ」ということなのではないでしょうか。ぜひ、彼が言う「楽しむ」とはこのことであることを願い、ポルトに迎え入れられた初の日本人を、同じ日本人としてその活躍に期待したいと思います。

柏レイソルMF安西海斗が移籍したブラガってどんなクラブ?5つの特徴をご紹介

川崎フロンターレMF板倉滉が、あのマンチェスター・シティへの完全移籍を決め、日本のサッカー界を震撼させたこの日、首都圏ではもうひとつのビッグディールが成立した。

モンテディオ山形にレンタル移籍していた柏レイソルMF安西海斗が、ポルトガル1部SCブラガに移籍することが正式発表されたのだ。

さすがにマンチェスター・シティのインパクトによって霞んでしまった感は否めないが、ブラガといえばポルトガルリーグで上位常連のれっきとしたメガクラブ。クラブの格という意味では、かつて相馬崇人が所属したマリティモや、金崎夢生・中島翔哉ら日本人選手の獲得を進めるポルティモネンセなどを優に超え、田中順也がプレーしたスポルティングに次ぐ、まさに名門中の名門だ。

なかなか日本では知られることのないこのブラガというクラブ。今回はその5つの特徴をご紹介したい。

ポルトガル3強に割り込まんとする勢い著しい新興クラブ

ポルト、ベンフィカ、スポルティングが「3強」として名を馳せるポルトガルにおいて、この3強体制撃破に最も近しいのが、ブラガだ。

正式名称は「Sporting Clube de Braga」。ポルトガル南部に位置する首都リスボンの2強がベンフィカとスポルティングだとすると、北部の2強と言えるのがポルトとブラガだ。これまでの最高順位は2009-10シーズンに記録したリーグ2位。その後2011-12シーズンにも3位に輝くなど、見事3強喰いを達成している。

その合間の2010-11シーズンには、ドミンゴス・パシエンシア監督のもとELで決勝進出。アンドレ・ビラス・ボアス率いるポルトとのポルトガル勢対決に敗れてはしまったが、ヨーロッパ全土にその名を轟かせた。

昨季2017-18シーズンはリーグ4位、今季2018-19シーズンはここまでスポルティングを抜きリーグ3位。(2019/01/15時点) 今季こそは3強撃破を再現しようと、後半戦の巻き返しに意気込んでいる。

今がまさに旬!チームを率いるのは歴代最高監督

ブラガといえば、ポルトガルでも屈指の「名監督輩出クラブ」だ。ベンフィカで10つのタイトルを獲得したジョルジ・ジェズスや、モナコでCLベスト4に輝いたレオナルド・ジャルディン、シャフタールで注目を浴びるパウロ・フォンセッカ、ポルトで国内最高タイの公式戦18連勝を記録したセルジオ・コンセイサオン、そして次世代の名監督候補筆頭ジョルジ・シマオン。

今やヨーロッパを舞台に活躍する上記歴代のポルトガル人指揮官に比べ誰よりも勝ち点を稼いだのが、現監督アベル・フェレイラだ。

アベル・フェレイラが2017-18シーズンに積み上げた勝ち点は、クラブ歴代最多の「75」。 ベンフィカが招聘を狙うとも噂されているポルトガル最注目の指揮官がチームを率いている。

クラブOBはあのスペイン代表FWや鹿島でプレーした大男

ポルトガル代表の名選手ティアゴ・メンデスや、2016-17シーズンにベンフィカでリーグMVPに輝いたピッツィなど、監督だけでなく選手についても、多くのスターを輩出してきたブラガ。実はあまり知られていないが、スペイン代表のレジェンド、ジエゴ・コスタが人生で初めてプロ契約を締結したクラブでもある。その他、日本人に馴染みのある選手で言えば、2011-12シーズンに鹿島アントラーズでプレーした長身FWカルロンが、鹿島以降に所属したチームでもある。

かつては日本人選手も所属

2002-03シーズンには、日本人MF廣山望もプレー。実は日本人と馴染みの深いクラブでもある。

ホームスタジアムは衝撃の断崖絶壁!

ホームスタジアムのEstádio Municipal de Bragaは、世界でも有名な珍(?)スタジアム。ゴール裏が断崖絶壁になっており、初めてスタジアムに駆けつけた観客は、まったく試合に集中できない衝撃のスタジアムである。

以上、ブラガについて基本的な5つの特徴をご紹介した。

ブラガは2部に所属するBチームも保有しており、安西は当面Bチームでプレーする可能性もあるだろう。その中で実力を示し、見事トップチームに昇格できれば、ポルトガル屈指の若手監督の指導を受けられ、ひいてはベンフィカなどすでに多くのOBが移籍を実現させている、さらなるビッグクラブへの道も拓ける。是非とも今後の活躍に期待したい。

僕のポルトガル時代13-14シーズンを戦った監督たちの出世具合がハンパない件

ポルトの新監督にセルジオ・コンセイサオンが就任した。本サイトのニュース記事に使う写真を探していると、当時ポルトを率いていたパウロ・フォンセッカと、当時アカデミカ監督であったコンセイサオンが並んで写る写真があることを思い出した。

そういえば、僕がポルトガルに住んでいた2013-14シーズンの監督たちは、このフォンセッカやコンセイサオンを含め、今では世界中にその名が知れ渡りつつある。そう思い、ポルトガルリーグ14-15シーズン開幕前に執筆した全1部クラブの監督人事の記事を読み返すと、当時は世界的にはまだまだ無名で、当然日本でも知られていないが、今ではここ日本でもその名が知れ渡るほどに、大出世を遂げている監督が続々と見つかった。

そこで今回は、僕がポルトガルに住んでいた13-14シーズンにはまだまだ無名だったものの、今ではすっかり世界的に有名になった監督たちを紹介していきたい。

(以下、順位と所属クラブは13-14のデータ)

1位 ベンフィカ
ジョルジ・ジェズス(現スポルティング)

なかなか海外クラブを率いる経験がないことから、世界的にはイマイチ知名度があがらないジョルジ・ジェズスだが、当時13-14シーズンのポルトガルでの知名度は今回紹介する監督の中でもトップ。この年は、不調に沈んだリーグ3連覇王者ポルトを上回り、見事ベンフィカにタイトルを取り戻した。翌シーズンは、国内3冠とELでも2年連続決勝に進出するなど、急速にその評価を高め、現在はスポルティングでベンフィカ時代の成功を再現しようとしている。

2位 スポルティング
レオナルド・ジャルディン(現モナコ)

13-14シーズンの1年間だけスポルティングを率い、見事前年7位のチームをCL圏内に引き上げたのが、今ではフランスリーグ制覇とCLベスト4進出ですっかり有名になった現モナコ監督レオナルド・ジャルディン。この年ポルトガルリーグを率いた監督の中でも、その出世具合は圧倒的だろう。

また、当時のスポルティングに所属していたのは、RSBセドリック・ソアレス(サウサンプトン)やCBマルコス・ローホ(マンチェスター・ユナイテッド)、FWイスラム・スリマニ(レスター)、そして現在もクラブでプレーするポルトガル代表MFウィリアン・カルバーリョ、アドリエン・シウバなど、レオナルド・ジャルディンが抜擢した若手~中堅の選手たちの知名度の上がり具合も、眼を見張るものがある。

3位 ポルト
パウロ・フォンセッカ(現シャフタール)

この年は、アンドレ・ビラス・ボアスとビトール・ペレイラが達成したリーグ3連覇中のポルトに4連覇をもたらすという重責が課せられ、そのプレッシャーに負けたのか、残念ながら途中解任となり、ビッグクラブには相応しくないというレッテルを貼られてしまったフォンセッカ。しかし、前年に弱小パソスをリーグ3位に導いた手腕に疑いの余地はなく、その後はブラガに50年ぶりにカップ戦のタイトルをもたらし、今シーズンはシャフタールでウクライナリーグとカップ制覇の2冠に輝くなど、名誉挽回に成功。ウクライナリーグ最優秀監督に輝き、その知名度はうなぎのぼりだ。

4位 エストリル
マルコ・シウバ(現ワトフォード)

(残念ながら、現地で撮影した写真はなし)

レオナルド・ジャルディンにつぎ、当時からの出世具合がハンパないなのが、エストリルを4位に導いたマルコ・シウバだ。クラブの英雄として最期のシーズンを送った13-14の翌年には、スポルティングの監督に就任。クラブ会長との不仲を理由に1年で解任されたが、スポルティングに7年ぶりのタイトルをもたらしていた。またこの年は、田中順也があのブラガ戦での直接FKを披露するなど、日本でもよく知られる監督となった年であった。

その後は、オリンピアコスでリーグ開幕17連勝21戦無敗の新記録を打ち立て、今シーズンはハル・シティでプレミアリーグを席巻するなど、すっかり世界のフットボール界ではホットな監督へと出世。来季はワトフォードを率いることが決まっている。

6位 マリティモ
ペドロ・マルティンス(現ビトーリア・ギマラインス)

(残念ながら、現地で撮影した写真はなし)

マリティモでの集大成となった13-14シーズン、ペドロ・マルティンスはクラブを6位に導き、翌年にはリオ・アベが監督として抜擢。この中堅2クラブを上位に導いた手腕が評価され、今シーズンはビトーリア・ギマラインスへ。見事、ライバルのブラガを抑え、リーグ4位に躍進した。いよいよポルトガルリーグを飛び越え、オリンピアコスなど海外クラブが注視し始めるなど、国内で知る人ぞ知る優秀な監督という立場から、ポルトガルリーグではトップクラスの名将として評価を高めつつある。

8位 アカデミカ
セルジオ・コンセイサオン(現ポルト)

13-14シーズンにポルトを解任されたパウロ・フォンセッカにとって、当時アカデミカを率いていたセルジオ・コンセイサオンは忘れられない存在となった。僕がこの写真を撮影したコインブラでの一戦でポルトはまさかの敗戦を喫したが、この辺りから、フォンセッカの手腕に疑問が噴出し始め、後の解任へと繋がった。

選手としては有名だったが、13-14シーズンのコンセイサオンは、監督としてはまだまだ駆け出しの存在。しかし、その後はブラガを4位、降格圏に沈んでいたギマラインスを10位に導くなど、国内では指折りの若手監督のひとりに。今季は初めてトップチーム監督として海外リーグに挑戦し、モナコでリーグ制覇を達成したレオナルド・ジャルディンとともに、ナントでその知名度を高めた。そして来季からは、古巣ポルトを指揮する。

10位 ビトール・ギマラインス
ルイ・ビトーリア(現ベンフィカ)

(残念ながら、現地で撮影した写真はなし)

この監督は、まるでノーマークだった。13-14シーズンのギマラインスはリーグ10位で、前掲の監督人事の記事でも、書く内容に困ったのはご覧の通り。

しかし、翌年にギマラインスを5位に導き、そのまた翌年にはベンフィカの監督に就任すると、シーズン序盤は解任の噂が生じるなど苦戦したが、終わってみれば初年度からリーグ制覇とCLベスト8進出を達成。今季はベンフィカにリーグ4連覇をもたらし、すっかり国内No.1の評価を得る名将へと出世した。

このルイ・ビトーリアの手腕は若手育成の面でも発揮され、彼がベンフィカで重宝した若手選手は、下記の通り、続々とビッグクラブへと羽ばたいていった。

・レナト・サンチェス→バイエルン
・ゴンサロ・グエデス→パリ・サンジェルン
・エデルソン・モラエス→マンチェスター・シティ
・ビクトル・リンデロフ→マンチェスター・ユナイテッド(移籍合意が正式発表の段階)

11位 リオ・アベ
ヌーノ・エスピリト・サント(現ウルバーハンプトン)

リーグでは11位ながら、この年ポルトガルカップとリーグカップの2つのカップ戦で決勝に進出するなど、実は大躍進を遂げていたリオ・アベ。そんなクラブを率いていたのが、ヌーノ・エスピリト・サントだ。翌年にはバレンシアへ羽ばたき、日本を含めた世界中のフットボールファンから「誰だ」と声が相次いだが、その実力はスペインで実証済み。前年にポルトガルの中位クラブであるリオ・アベを率いていたとはにわかに信じがたいほどの出世を遂げた。今季はポルトを1年で退任することになったが(辞任とされているが、おそらく独裁者ピント・ダ・コスタ会長の圧力による事実上の解任だろう)、チームは得点力不足に悩まされ引き分けまみれとなるなか、ホームでは無敗と実は良い成績を残していた。継続性のなさというポルトの悪い癖が出た監督人事となったが、ヌーノ・エスピリト・サントは、友人ジョルジ・メンデスのツテで早くも新たな挑戦の場を獲得。来季はイングランドチャンピオンシップのウルバーハンプトンを率い、名誉挽回に挑む。

他にも、13-14シーズン当時はアロウカを率い、その後はアポロン・リマソールを経て、今季エストリル監督に途中就任したペドロ・エマヌエルや、当時はベレネンセスを降格から救い、今ではCLにも度々登場するマッカビ・テル・アビブを指揮するリト・ビディガルなどもいた。

ポルトに住んでいた当時は、アンドレ・ビラス・ボアスも去り、選手としてはラダメル・ファルカオやフッキ、ハメス・ロドリゲス、ジョアン・モウティーニョらも退団し、パウロ・フォンセッカ率いるポルトへの期待感の薄さも相まり、「ポルトガルリーグの谷間の時期に不運にもポルトガルに来てしまった」と物足りなさを感じていた。実は毎週ドラガオン・スタジアムで観戦していたリーグ戦の監督席には、今ではすっかり世界的な名将の仲間入りを果たそうとしている「監督の原石」が大量に眠っていたのは知る由もなかった。

「ブラガ史上最高監督」アベル・フェレイラ流、中小クラブを率いるサッカー哲学

『The Coaches’ Voice』

世界各国の監督を取り上げるメディア『The Coaches’ Voice』 が、2017-18シーズンにSCブラガの監督としてクラブレコードとなる勝ち点75を積み上げた若き名将アベル・フェレイラを特集。現在はギリシャのPAOKで初の海外挑戦に挑む41歳のポルトガル人監督のサッカー哲学に迫った。

(以下、同メディアが掲載したアベル・フェレイラ監督の言葉を意訳)

「Football Manager」というゲームを覚えていますか?

私の友達はバルセロナやレアル・マドリードといったチームを選んでいたものです。当然のように勝つことができて、何でも買えるようなチームです。

私は、その光景をどのように見ていたのかと言うと、「大きな挑戦というものは、それらのビッグチームにいる時ではなく、より少ないリソースでそれらのチームと競い合っている時のことを言うのだ」というものでした。

だから私は、いつもスモールチームを率いていました。私が実際に選手としてのキャリアをスタートさせたポルトガルのペナフィエルやブラガといった2部のチーム、または、トッテナムのようにタイトルを獲得したことがないチームです。

それでも、常に勝てると信じていました。

どのようにでしょうか?
同じことをやって?同じように攻撃をして?

いいえ、違います。

ナポレオンのような小さな男が、どうやってたくさんの敵を打ち負かしたのでしょうか?それは戦略です。策略なのです。

コーチとして「どのように?」「なぜ?」と問うことは重要なことです。私はここブラガでまず最初にそのことを学びました。ジェズアウド・フェレイラという監督からです。

(※ジェズアウド・フェレイラ:ポルト 、ベンフィカ、スポルティングの「3強」を率いた経歴を持つポルトガル屈指の名将。2006-09シーズンには、ポルトでリーグ3連覇を達成し、一時代を築いた)

彼は先生でした。

(ジェズアウドではない)他の人から教わったコーチが数名いましたが、彼らはこう叫ぶのです。「プレッシャーをかけろ!」と。でも、それはいつ、どのように、誰に、どこでかければいいのでしょうか?

ジェズアウドはいつも質問を投げかけていました。「どこに行こうとしているのだ?それはなぜだ?仮にここに他のアタッカーがいたとすると、君はどちらをマークする?それはなぜだ?」と。

このような会話をすることで、選手たちは初めて自分たちのタスクを知ることができるのです。

このアプローチは、本当に私のためになってくれました。今では、選手たちに教え・質問することが好きなコーチであると自分自身で思っています。ジェズアウドが私に教えてくれた「どのように?」「なぜ?」と問うことです。

彼と一緒に働いていた当時、私は24歳でした。その時すでに将来はコーチになりたいと考えていました。そして、その瞬間からスタートさせることがコーチになる方法であるとも分かっていました。コーチングについて理解を深めることで、自分自身もより良い選手になれるからです。

私は日記をつけていました。毎日トレーニングの後、家に帰ったらその日見たものを書き留めるのです。リーダーシップについて、戦略について、ミーティングについて、私自身が気に入ったことについて… 今でもそのノートを持っています。

31歳のときにスポルティングでプレーしていましたが、その当時も依然として勉強を続けていました。アカデミーダイレクターが私に尋ねてくれたことを覚えています。「今すぐにコーチとしてのキャリアを始めたくないか?」と。

私は答えました。「今ではありません。40歳までプレーしていたいです」

その1ヶ月後、膝に大怪我を負いました。

「運命」というものを信じる人もいれば、信じない人もいます。

その怪我は、スポルティングとの契約が終わりに近づいている時に起きたのです。スポルティングは、クラブで怪我の回復をし、また新たなチャンスを得られるような機会を提供してくれました。しかし、怪我は良くなりませんでした。

走るたびに膝が痛むのです。痛みは積み重なり、消えることはありません。

私は3度ドクターに相談しました。そして彼らは毎回、引退した方が良いと言うのです。もうプレーは続けられないことを受け入れたときは何日も泣きました。悲しみに暮れていました。怒りが湧き上がり、不公平とも感じました。

どうしてこんなことが起きようか?この年までただひとつの大怪我もなくやって来られたのに。それが今になってこんなことに…?

でも時に、扉が閉じても窓は開くことがあります。

私はスポルティングのジュニアチーム監督の手伝いを始めました。そして、彼がシニアチームへステップアップした際に、ポストに空きが出ました。クラブは、私がそのポジションを務め、コーチングコースを修了させることもできると言ってくれたのです。

これが私のストーリーの始まりです。ひどいアクシデントから始まったのです。

初年度、我々はジュニアリーグを制しました。さらに、UEFAユースリーグでは、リバプール・サウサンプトン・チェルシーと並び、ベスト4まで勝ち進みました。翌年、私はスポルティングBチームの監督に昇格し、リーグ6位まで導きました。

その年でした。ブルーノ・デ・カルバーリョがクラブの会長に就任したのは。誰だか分かりますね。

(※ブルーノ・デ・カルバーリョ:半独裁的な豪腕で知られた元スポルティング会長。2019年にスポルティングのソシオから除名され、会長職を解かれた)

シーズンが始まって1週間、彼は私をクビにしました。

Bチームに望むものって何でしょうか?普通の考え方では、選手をAチームでプレーできる状態にすることです。前シーズンを6位で終えることができただけでなく、カルロス・マネー、ジョアン・マリオ、エリック・ダイアーらをAチームに昇格させたのにです。

とにかく、(スポルティングでの経験は)これで終わりでした。また扉が閉まったのです。

その時は、すぐに別の窓が開き、ブラガに戻ることができました。ファーストチームを率いる前に、Bチームで3シーズンを過ごしました。

私の方法論は、古き良きスポルティングのスクールのそれに基づいています。なぜなら、私がコーチとして最初の一歩を踏み出したのがそこだからです。

しかし同時に、私はフットボールの未来も見ています。ペップ・グアルディオラやマウリシオ・ポチェッティーノなどの監督がどのように仕事をしているのかということです。

私にとって、フットボールの未来は「猫とネズミの追いかけっこ」です。すなわち、対戦相手のリアクションに応じて戦術的な変化を適用することです。

ヨーロッパリーグで、ホッフェンハイムとのアウェイゲームに臨みました。彼らは最初3-5-2のフォーメーションでしたが、途中で4-3-3、すなわち、3人のストライカーとセンターバックが前進した形に変化しました。そこで、我々は4-4-2でスタートしたフォーメーションを、彼らの変化に合わせて5-4-1に変えたのです。

我々は2-1の勝利を収めました。コーチとして、最も誇りに感じている試合です。

もし対戦相手が同じレベルであれば問題はありません。攻撃することは可能です。しかし、もし山のように巨大な相手を攻撃するのであれば、違った方法を取る必要があります。

ある試合では、ボールを支配してゲームの主導権を握りたいと考えても、時に対戦相手が自分より強いことを受け入れなければならないことがあります。その場合はバランスを取る必要があるのです。

マンチェスター・シティになりたくても、グアルディオラやベルナルド・シウバはいません。したがって、すべての試合において異なるアプローチが必要であることを理解できるほどに、謙虚でいなければなりません。私の考えでは、それが我々のチーム(ブラガ)の最大の秘訣です。

試合前、私は選手たちに3つの重要な考え方を与えます。それがすべてです。

それは、映画を見た後に誰かが「どのシーンが記憶に残っている?」と聞いてくるようなものです。

キスシーンかもしれないし、カップルが結婚したシーンかもしれない。でも出てくる答えは、せいぜい3つか4つでしょう。選手にとっても同じことが言えるのです。

ここで言えることは、「完ぺきな公式など存在しない。また完ぺきなゲームプランなど存在しない。ただ、あなたが信ずるもののみが存在する」ということです。

ある人は私の信じるものを好むかもしれません。しかし、ある人はグアルディオラのものかもしれないし、ディエゴ・シメオネのものかもしれない。重要なのは、選手に対して望んでいることを説明できること。それが優秀なコーチになるために必要なことです。

勝てる監督だけが優秀な監督であるという恥ずかしい考え方があります。勝てば良い監督、負ければ弱い監督、と。

私にとっては、それは嘘です。

試合のある週末は、その週にしてきたことがジャッジされる場です。その瞬間だけ、周りの人たちはチームがオーガナイズされているかどうか、ボールを上手く動かせているかどうかを判断できます。日曜日は、いわばテストのようなものです。

しかし、私が常々選手に伝えているのは、「自分たちの仕事に集中しよう」ということ。結果にばかり拘泥すればするほど不安になるものです。

テストに合格することばかりに気を取られる必要はありません。テストのために勉強することが必要なのです。きちんと勉強をすれば、心配することは何もないのです。

プロセスに気を配ること。そうすれば結果は付いてきます。

チームとしての野心についても同じです。自分たちがタイトル候補だと宣言して、自分自身や選手にプレッシャーをかけることは正しい行いではありません。

我々は対戦相手とは全く異なる武器を持っているのです。

自分たちの売上高が2000万ユーロで、ベンフィカが1億2000万ユーロのとき、(タイトルへの)期待感を生み出すことはできないのです。リソースが合っていません。

ベンフィカ、スポルティング、ポルトはクラブの歴史に対して義務があります。我々(ブラガ)はアウトサイダーです。

「私は世界で誰にも知られていないアベルです。私はタイトル候補です」そのようなことはブラガでは言えません。そんなことを言えば、人々は私をプレイボーイだと思うでしょう。謙虚さを示さなくてはなりませんし、それこそが、私が選手に伝えていることです。我々の唯一の義務は、毎日ベストを尽くすこと。結果についてさえも考えないこと。

「Football Manager」における私のチームのように、ここでタイトルを獲得するのは難しいでしょう。それでも、私は決して諦めませんでした。

そして今、我々の野心と夢はそこにあります。我々はその後を追います。

種が植えられました。それが実を成すかどうか、私にはまだ分かりません。

アベル・フェレイラ監督が語ったように、ブラガはポルトガルの3強の影に隠れた、いわばダークホース。それでも、同監督はクラブレコードの勝ち点を記録したこの年、ポルトガルリーグでは、3位スポルティングに勝ち点2差まで肉薄する好成績を残した。

「選手に自分の考えを端的に説明する、そのために選手に日々問いかけ、考えさせる」

「試合ごと、そしてその試合での対戦相手の状況ごとに、自らのチームが取るべき戦略を変化させる」

「チームの現実を謙虚に受け止めて、地に足をつけて日々地道にベストを尽くす」

「結果を見ずに過程を重視する」

「それでも、タイトルは諦めない」

タイトル候補ではないチームを率いながらポルトガル国内屈指の若手注目株となったアベル・フェレイラのフットボール哲学には、弱小チームにとってのヒントが散りばめられていた。

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元新潟FWドウグラス・タンキがロングインタビューに応答「日本は驚異的な国」

『maisfutebol』

かつてJリーグのザスパクサツ群馬やアルビレックス新潟に所属し、現在はポルトガル1部パソス・デ・フェレイラでプレーするブラジル人FWドウグラス・タンキが、ポルトガルメディア『maisfutebol』のインタビューに応答。新型コロナウイルスの感染拡大を受けてリーグ戦の中断が続く中、毎日の生活やこれまでのキャリアに関する質問に答えた。その一部を抜粋して紹介する。

まず、自宅待機が続く現在の生活について、タンキは奥さんと3歳の娘と多くの時間を過ごしているようだ。平均的な1日の生活として、「朝起きて、朝食を取り、クラブが選手に課しているトレーニングをし、昼食のあとにNetflixを見ながら少し休む。夕食の後にはPlayStationでFIFAやCall of Dutyをやり、またNetflixを見て…といった生活を送っている」と、自宅トレーニングに励みながらも、リラックスした落ち着いた日々を送っていることを明かした。

昨季は2部に所属していたパソスで、タンキは14ゴールを挙げ、チームの1部昇格に大きく貢献した。インタビューでは、自らのキャリアを大きく飛躍させることとなったパソスでの経験について、改めて振り返った。

「パソスのことは知らなかったけど、ポルトガルサッカーについてはずっと知っていた。ポルトやベンフィカといった、常にCLを戦っているクラブなどだね。ヨーロッパに来て自分のサッカーを見せることは夢だった。ここは自分を世界に披露するにはうってつけのショーケースだよ。パソスからのオファーをもらったときは、すぐに受け入れた。1年目は全てがうまくいったし、今シーズンもいい感じに来ている。毎日より良くなるよう追い求めている」

タンキのキャリアを大きく押し上げた功労者として、当時の監督ビトール・オリベイラの名は欠かせない。「ポルトガルの昇格王」と称される名将で、これまで2部チームを1部に昇格させた回数は実に2桁にのぼる。ポルティモネンセでは中島翔哉らを指導し、日本サッカー界にも名が知れた監督である。

「ミステル、ビトール・オリベイラとともに仕事ができたのは、自分にとってはセンセーショナルなこと。最初は、監督はしょっちゅう叫んでいたし、多くのことを要求してきたから、『鬱陶しい監督だ!』なんて言っていたね(笑)。でも監督は、誰が一番トレーニングに励んでいるかを知りたいだけだということが分かったよ。AチームもBチームもない。監督はよく言っていた『ベストな選手が試合に出られる』とね。監督が昇格王と言われる所以はブレないから。チャンスを与えるに値する選手に、チャンスを与えている。だから、多くの選手が監督と一緒に働くことを好んでいるんじゃないかな」

パソスでの活躍の秘訣を、タンキは「すぐに順応できたこと」と述べた。「言語が同じである」ことはひとつの要因であり、他にも、1部で3位に輝いたこともあるパソスの「2部のチームとは思えないほど良い環境」も要因だという。一方で、その以前に所属したタイリーグでは適応に苦しんだようだ。

「タイにはうまく適応できなかった。すごく難しかった。タイ語も英語も話さなかった。プレーできていなく、半年間経ってパソスからのオファーを受けた際に、ここに来ることを決断した。(タイのポリス・ユナイテッドとは)友好的に合意し、移籍できた」

それでも、タイ、メキシコ、そして日本と、母国ブラジルを離れてから各国を転々としてきたキャリアは、タンキにとって無駄ではなかったようだ。常に自身をそばでサポートしてくれた奥さんに感謝を述べながら、日本での生活を振り返った。

「各国での経験のおかげで今の自分がある。力強く、よく働く選手だ。でもこのようになれたのは妻のおかげ。いつも自分のそばにいてくれた。日本でプレーした当初、膝に2度の大怪我を負ったときでもね」

「リーグ戦が始まってすぐ3節の時点で、膝の十字靭帯を手術しないといけなくなった。6ヶ月かかってようやく復帰できたけど、復帰初戦でまた同じところを怪我してしまった。今度は9ヶ月。でもこの経験を経て、自分は強くなり、さらに良くなって戻ってこられた」

「(素晴らしいプレー環境にある)パソスでの生活は、日本について言えば大きな違いはない。彼らもすごく進歩していて、プロフェッショナルだ。驚異的な国だよ。メキシコもタイも、あれほど整ってはいなかった。あれほどクオリティが高く、競争力のあるリーグではなかった」

左足の強烈なシュートを武器に、コリンチャンス時代は同僚であるあの「皇帝アドリアーノの息子」と称されタンキ。パソスではスポルティングやブラガなどの強豪相手にゴールを叩き込み、ポルトガル1部リーグでも着実にインパクトを残している。新型コロナウイルスによる中断期間を経た後、さらなるステップアップに期待がかかる。

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ポルトのチーム得点王SB、中島翔哉とのエピソードを明かす

『Record』

ポルトのブラジル人LSBアレックス・テレスが、ポルト公式が公開した番組「FC Porto em casa (お家でFCポルト)」に出演。チームの左サイドで共演することも多い中島翔哉とのエピソードを語った。

「僕らが彼(中島)に教えた最初の言葉は、『cansado (疲れた) 』、次に『folga (休み)』だよ。それで(セルジオ・コンセイサオン)監督が、彼のところに行って尋ねたんだ、『それで、ナカ、今日の言葉は何だい?』って。すると彼は答えるんだ、『疲れた』『休みをください』ってね」

「彼は冗談でひとつふたつの言葉を言うけれど、たくさん会話をすることはできない。自分は、チームで一番彼に冗談を言っているうちのひとり。日本語を話そうとチャレンジしてしても、ほとんど何も出てこないけどね。

彼は自分の世界にすごく閉じているよ、否定的に言っているのではなくてね。彼は静かにしている。コミュニケーションが容易ではなく、英語も少ししか話せないからね。僕らは、彼が心地よく過ごせるように務めている。監督もよく彼に冗談を言うし、同様に努めている。デンベレという通訳が、中島には英語で話している。

彼が静かなのは、たぶん彼が僕らの言語を話していたとしても変わらないんじゃないかな。彼のやり方の中では、お茶とケータイを携え、でもピッチの中では、印象的なクオリティを持っている。信じられないものだよ」

アレックス・テレスは、SBながら現在リーグで8ゴールを挙げてチーム得点王に君臨。チェルシーやバルセロナ、パリ・サンジェルマンら強豪クラブが関心を寄せると言われる、まさにチームの中心選手。そんなテレスやセルジオ・コンセイサオン監督のサポートのもと、中島はマイペースながらもピッチ上でその技術を見せつけているようだ。

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日本人投資家がポルトガル2部オリベイレンセに経営参画!

ポルトガル2部リーグに所属するオリベイレンセが、日本人投資家である金哲碩(Akihiro Kin)氏からの資金調達を受けて、同クラブの経営主体となる公開有限会社(SAD:Sociedade Anónima Desportiva)を創設。SADのプレジデントには、シントトロイデンなどで経営幹部を務めてきた山形伸之氏が就任することを発表した。

オリベイレンセの公式HPによると、金哲碩氏は、nuts&aboutという投資会社を経由して、SADの株式の70%を取得。金哲碩氏は東京都出身の39歳であり、現在はスマホゲームアプリの開発会社f4samuraiの代表取締役社長を務めている。今回の実質的なクラブ買収に際して、金氏は「ヨーロッパのクラブに投資したかった、それが私の大きな挑戦。その際に、山形氏と話をして、ポルトガルリーグを選んだ。幸いにも、オリベイレンセという97年の偉大な歴史を誇るクラブと話すことができた。クラブの方々、オラーシオ会長、街の雰囲気全てを気に入って、投資することを決めた。オリベイレンセには、成長のポテンシャルがあると感じている。ポテンシャルを最大限引き出せるよう、良い組織制度やトレーニングセンターを構築したい」と意気込んだ。

経営の実務を担う山形伸之氏は、東京都出身の49歳。同氏は、DMMによるベルギーのシントトロイデン買収とその後の経営に関与していた経歴を持つ。「現時点で、我々の主な目標は2部リーグ残留。それに全員が集中している。そのために全力を尽くすし、それが自分にとってシーズン末までの挑戦であり仕事」と、下位に低迷するクラブの残留を誓った。

日本企業から投資を決意した背景として、オリベイレンセの会長であるオラーシオ・バストス氏は、「我々の理解では、プロリーグで競争力のあるチームになり、市場にくらいつけるタレントを育成するプロジェクトを成し遂げるためには、オリベイレンセを公開有限会社化する必要があった。いくつかのプロジェクトや投資家から話を聞いが、我々の現実と野心に適切なものを選んだ。クラブはいまも、そしてこれからも常にソシオとともにある」と、経営実権の交代について、ファン・サポーターへの声明を発表した。

オリベイレンセは1922年創設、ポルト郊外のオリベイラ・デ・アゼメイスに位置するクラブ。本拠地のカルロス・オゾーリオスタジアムは4000人のキャパシティを保有する小クラブである。現在、2部リーグで16位に沈んでおり、ひとつ順位を落とせば3部相当のポルトガル選手権に降格する危機に瀕している。

ポルトガルでは、1部ポルティモネンセが多くの日本人選手をプレーさせていることが知られるが、同クラブも今後、日本人選手にとってヨーロッパの舞台に一歩踏み出す足がかりになるに違いない。

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日本発!ポルトガルサッカー総合情報サイト

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