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日本人投資家がポルトガル2部オリベイレンセに経営参画!

ポルトガル2部リーグに所属するオリベイレンセが、日本人投資家である金哲碩(Akihiro Kin)氏からの資金調達を受けて、同クラブの経営主体となる公開有限会社(SAD:Sociedade Anónima Desportiva)を創設。SADのプレジデントには、シントトロイデンなどで経営幹部を務めてきた山形伸之氏が就任することを発表した。

オリベイレンセの公式HPによると、金哲碩氏は、nuts&aboutという投資会社を経由して、SADの株式の70%を取得。金哲碩氏は東京都出身の39歳であり、現在はスマホゲームアプリの開発会社f4samuraiの代表取締役社長を務めている。今回の実質的なクラブ買収に際して、金氏は「ヨーロッパのクラブに投資したかった、それが私の大きな挑戦。その際に、山形氏と話をして、ポルトガルリーグを選んだ。幸いにも、オリベイレンセという97年の偉大な歴史を誇るクラブと話すことができた。クラブの方々、オラーシオ会長、街の雰囲気全てを気に入って、投資することを決めた。オリベイレンセには、成長のポテンシャルがあると感じている。ポテンシャルを最大限引き出せるよう、良い組織制度やトレーニングセンターを構築したい」と意気込んだ。

経営の実務を担う山形伸之氏は、東京都出身の49歳。同氏は、DMMによるベルギーのシントトロイデン買収とその後の経営に関与していた経歴を持つ。「現時点で、我々の主な目標は2部リーグ残留。それに全員が集中している。そのために全力を尽くすし、それが自分にとってシーズン末までの挑戦であり仕事」と、下位に低迷するクラブの残留を誓った。

日本企業から投資を決意した背景として、オリベイレンセの会長であるオラーシオ・バストス氏は、「我々の理解では、プロリーグで競争力のあるチームになり、市場にくらいつけるタレントを育成するプロジェクトを成し遂げるためには、オリベイレンセを公開有限会社化する必要があった。いくつかのプロジェクトや投資家から話を聞いが、我々の現実と野心に適切なものを選んだ。クラブはいまも、そしてこれからも常にソシオとともにある」と、経営実権の交代について、ファン・サポーターへの声明を発表した。

オリベイレンセは1922年創設、ポルト郊外のオリベイラ・デ・アゼメイスに位置するクラブ。本拠地のカルロス・オゾーリオスタジアムは4000人のキャパシティを保有する小クラブである。現在、2部リーグで16位に沈んでおり、ひとつ順位を落とせば3部相当のポルトガル選手権に降格する危機に瀕している。

ポルトガルでは、1部ポルティモネンセが多くの日本人選手をプレーさせていることが知られるが、同クラブも今後、日本人選手にとってヨーロッパの舞台に一歩踏み出す足がかりになるに違いない。

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【動画付き】ジョルジ・ジェズス、国際大会3度目の正直!リベルタドーレス杯を劇的優勝!

ポルトガル人監督ジョルジ・ジェズス率いるフラメンゴが、リーベルプレートと対峙したリベルタドーレス杯決勝は、歴史的な大逆転劇で幕を閉じた。

フラメンゴは前半14分にリーベルのボレに先制弾を許し、その後は得点を奪えずに敗戦濃厚に。しかし、ジョルジ・ジェズスのもと母国ブラジルでかつての輝きを取り戻したガビゴウことガブリエウ・バルボーザが、89分と92分に立て続けにゴール。わずか3分間の大逆転劇を演じたフラメンゴが優勝を飾った。

フラメンゴは1981年の優勝以来、実に38年ぶりとなる大会王者に。前回優勝時には、神様ジーコが、この日のガビゴウ同様2ゴールを決めていた。クラブを逆転優勝に導いたガビゴウは、グループステージからベスト16、ベスト8、準決勝、決勝の全てのフェーズで得点をマーク。わずか3分での2ゴールはリベルタドーレス杯最速記録となった。

また、ベンフィカでは6年間で10つのタイトルを勝ち取ってきたジョルジ・ジェズスにとって、国際大会での優勝はキャリア初。ベンフィカ時代には、ELで2年連続決勝敗退の悔しさを味わってきた監督は、3度目の正直でついに大陸王者の栄誉を手に。リベルタドーレス杯を手にしたのは、外国人監督としては、1991年にコロコロを率いたミルコ・ヨジッチ以来、史上2人目。自身16つ目のタイトル獲得に、選手・サポーターのみならず、ポルトガルリーグ公式や自身が3289番目のソシオであるスポルティングなど、各ポルトガルクラブからも祝福が寄せられた。

フラメンゴはこの優勝でクラブW杯出場が決定。ブラジルリーグでも次節勝利で優勝が決まる。リベルタドーレス制覇の余韻を残しつつ、今後もジョルジ・ジェズス率いるフラメンゴの躍進には目が離せない。

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7戦連続スタメン。なぜ前田大然はマリティモで試合に出続けられるのか

日本代表FW前田大然が今季より加入したマリティモは、第9節を終えた時点で、2勝4分3敗でリーグ12位につける。ポルトガル屈指の若手戦術家ヌーノ・マンタ・サントス監督に率いられる国内でも有数の名門クラブとしては決して満足できる数字ではないが、第9節にはホームで首位ポルト相手に粘り強い守備を見せつけ、勝ち点1をもぎ取った。

前田大然は、プレシーズンや開幕序盤こそ途中出場が多かったが、ここ数ヶ月は完全にレギュラーを奪取。第9節までに7試合連続でスタメン出場を果たし、すでにポルトガルリーグでは2ゴールをあげるなど、初の海外挑戦で順風満帆なスタートを切っていると言えよう。

なぜ前田大然は、現在のチーム状況はどうあれ、ポルトガル屈指の名門クラブのひとつであるマリティモでコンスタントにプレー機会を得ることができているのだろうか。

ヌーノ・マンタ率いるチームは、シーズン序盤は5-4-1のシステムをベースに試行錯誤を重ねてきたが、直近では4-5-1システムが定着しつつある。前田大然はその中で、右サイドハーフを中心に、メンバー編成によっては最前線を任せられるなど、複数のポジションを経験しているが、彼の主戦場である両サイドハーフに対して、ヌーノ・マンタは身体・状況判断(頭)の両面で、負荷の高いタスクを与えており、前田はそれに十分に応えているのが要因だろう。

マリティモでのプレー原則として、ボール非保持時には、サイドハーフは相手サイドバックをほぼマンツーマン気味にケアしなくてはならない。そのため、サイドバックが高い位置を取り続けるポルト相手には、ほぼ6-3-1と言っても過言ではないほどに右の前田大然と左の8番ホルヘ・コレアが最終ラインに吸収されていた。

チームの守備の基準点は、相手がハーフウェイランを超え、サイドにボールを預けたタイミング。中央を強固に締めていた3センターハーフが前進し、サイドハーフとサイドバックと連動してボールをからめ取る。ポルト戦でも、マリティモの3枚のセンターハーフ、キャプテンマークを巻いた12番のエドガル・コスタ、19歳の若手MFである背番号60のペドロ・ペラージオ、そして2012年には川崎フロンターレでプレーしていた25番のレネ・サントスは、ポルトの豪華攻撃陣を完全に制圧していた。

松本山雅時代には、最前線でボールを追いかけ回す印象の強かった前田大然だが、マリティモで求められる守備を理解し、あくまで相手サイドバックをケアするためのポジションを取り、それ以外には無闇にチェイスせず、奪いどころで味方と連動してボールをからめ取る、というタスクを十分に遂行していた。(ただし、味方とのマークの受け渡し等は未だ改善の余地が大きく、相手サイドハーフをフリーにさせてるしまうシーンも散見された)

ボール保持時には、ヌーノ・マンタが所属選手各々の個性を把握したうえで最適化したであろう、彼のエッセンスが表出した特徴が出ており、前田にはサイドハーフらしからぬ役割が与えられている。

非保持時には4-5-1の低いポジションでブロックを組むサイドハーフだが、ボール保持時には4-3-3に近い形で、運動量をもってポジションを上げる。その際に、右サイドハーフの前田大然は、ワントップである192センチの長身FW21番ルチアーノ・ネケカウルと、ツートップに近いポジションを取り、左サイドハーフのコレアはワイドに位置取る、左右非対称な布陣が基本となる。コレアは左利きのドリブラーであり、ワイドに張りながら一人で局面を打開できるタイプであるため、右サイドハーフはかつての日本代表で岡崎慎司がその役割を果たしたように、中央に待ち構えゴールを陥れる役目を期待されている。

一方で、右サイドはというと、右サイドバックのギニアビサウ代表31番のナヌーが、見かけによらずボールの扱いがうまく、高い位置で攻撃参加する。ツートップに近い動き方をする前田は、中央からサイドに抜けてナヌーからボールを受けたり、反対にサイドから中央にダイアゴナルに動き出してゴールへ向かったりと、柔軟な動きを見せる。特にダイアゴナルな動きについては、ポルト戦でも、相方の長身FWネケカウルがボールを競ってそらす裏のスペースを、前田は虎視眈々と狙っている印象があった。(ネケカウルがぺぺやマルカーノらとのエアバトルに歯が立たず、実際に裏で得点機を迎えることはなかったが)

まとめると、ボール非保持時には、最終ラインに吸収されることを厭わず、味方と連動して集中力を持って守備網を形成し、ボール保持時には運動量を上げて最前線に位置どり、サイドハーフながらツートップ的な役目を全うする。まさに、松本山雅時代にトップやトップ下のポジションを主戦場としていた前田だからこそ体現できるサイドハーフ像なのだ。逆サイドのコレアには、このオフェンスタスクは決して成し得ないし、ポルトガルリーグ全チームを探しても、このようなサイドハーフ像は見当たらない希少な存在だ。ちなみに、ポルト戦でもそうだったように、チームの選手交代によって、ワントップや左サイドハーフなどポジションを取っ替え引っ替えする柔軟性も、スタメンでプレーする選手として重宝されている理由だろう。

現在の前田大然は、上記のような献身的なプレーを高く評価され、一家に一台必要な便利屋としてチームに十分に貢献している。自身初の海外リーグで、間違いなく選手としての幅を広げているし、その手応えも感じつつあるに違いない。今後のさらなる躍進に期待したい。

浦和FWファブリシオ、ポルティモネンセ加入当初の秘話を語る「ポルトでプレーするのだと混同していた」

『O JOGO』

浦和レッズに所属するブラジル人FWファブリシオが、ESPNのインタビューに応答。ポルティモネンセ加入当時、そして「人生で最も辛い」と語る苦難の時期を送ることになったポルトガル時代について振り返った。

「常にヨーロッパでプレーすることを望んでいた。サッカーをそこまでフォローしているわけではないので、ポルティモネンセのことは知らなかった。名前を混同していて、ポルトのことだと勘違いしていたことを覚えているよ。ポルトガルの空港では移民の男の人に聞かれたんだ。「ここに何をしに来たんだい?」とね。自分はサッカー選手だと答えると、彼はどのチームかを尋ねてきた。私はクラブの名前を知らなかったので、ポルトのBチームだと思っていた」

「自分はポルティモネンセの中心選手のひとりだったし、39年ぶりにライバルチーム相手にゴールを決めることもあった。全てが完璧だった。でも、ポルトガルカップに敗れ、リーグカップも敗退した。しかも1部昇格も逃した。さらに悪いことが起こり、娘が未熟児で生まれ、生後すぐに亡くなってしまった。あの頃は人生の中で最も難しい時期だった。悲しみに暮れていたし、それ以上プレーをする意思も持てなかった。ただただ、妻の力になりたかっただけだった。いま振り返ってみても、どうやってその全てをやり過ごしたのか分からない。神様が私たちに力をくれたのだと思う」

不幸にも娘を亡くしたエピソードは、かつてポルトガルメディアにも語っていたが、ちょうど鹿島アントラーズに移籍する直前のことだった。ポルトに加入するのだと勘違いしてポルティモネンセに加入したファブリシオは、困難な時期を乗り越えて、再び遠い日本国でのプレーを続けてくれている。

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キーナス・デ・オウロ2019各種賞が発表!あわせてポルトガルリーグベスト11も

ポルトガルサッカー連盟が、サッカー監督協会とプロサッカー選手連合の協賛を受けて、毎年前年に優れた実績を残した男女サッカー、フットサル、ビーチサッカーの選手・監督・クラブに贈る「キーナス・デ・オウロ」。第4回を迎えた2019各種賞が、9月2日に発表された。

注目の男子サッカー選手からは、クリスティアーノ・ロナウドが選出。ネーションズリーグMVPのベルナルド・シウバ、ポルトガルリーグMVPのブルーノ・フェルナンデス、今季飛躍の年を送ったジョアン・フェリックス、ルーベン・ネーベスらがノミネートされる中、ポルトガル代表のキャプテンが栄光に輝いた。

男子サッカー監督は、ベンフィカでシーズン途中就任後、19戦無敗でリーグ王座奪還を成し遂げたブルーノ・ラージュが選出。その他には、代表をネーションズリーグ初代王者に導いたフェルナンド・サントス、シャフタールで躍進したパウロ・フォンセッカ、パソスをポルトガル1部に昇格させたビトール・オリベイラ、上海上港のビトール・ペレイラらがノミネートされていた。なお、男子サッカークラブ部門も、ベンフィカが受賞した。

(その他、女子サッカー、フットサル、ビーチサッカーの各種賞は下記リンクを参照)

また、プロサッカー選手連合が選ぶポルトガルリーグ男子サッカーベストイレブン2018も合わせて発表。リーグMVPのブルーノ・フェルナンデスを除くと、全員が王者ベンフィカと2位ポルトから選出された。

GK
イケル・カシージャス (ポルト)

DF
エデル・ミリタオン(ポルト)
ルーベン・ディアス(ベンフィカ)
アレックス・テレス(ポルト)
グリマルド(ベンフィカ)

MF
ダニーロ・ペレイラ(ポルト)
ピッツィ(ベンフィカ)
ブルーノ・フェルナンデス(スポルティング)

FW
ラファ・シウバ(ベンフィカ)
セフェロビッチ(ベンフィカ)
ジョアン・フェリックス(ベンフィカ)

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