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世界王者リバプール「今季最高の補強」。ベールに包まれたポルトガル人コーチに迫る

『maisfutebol』

リパプール監督ユルゲン・クロップの右腕ペパイン・ラインダースに誘われ、欧州王者の「elite player development」責任者に就任したビトール・マトス氏が、ポルトガルメディア『maisfutebol』のロングインタビューに応答。CL制覇に続き、2019-20シーズンのプレミアリーグも圧倒的な強さで蹂躙する最強チームにおいて、成功の鍵を握りながらも詳細な素性が明かされてこなかったブレインの人生に迫った。

-監督としてのキャリアについて話をする前に、あなたの幼少期について振り返らせてください。サッカーは何歳のときに始めたのですか?

24時間ずっとサッカーができるならそうしているような子どもでした。道端でも学校でも家でも、サッカーをどのような形であってもできる方法をいつも探していました。オフィシャルな形でサッカーを始めたのは13歳のとき。地元の「SCコインブロインス」でプレーし始めました。その日から一度たりともサッカーから離れたことはありません。

-何年間プレーしたのですか?

サッカーの育成年代は全て経験して、シニアの年代になったときに、監督をする機会が訪れました。面白いことに、多くのチームメイトを自分が指導したのです。

-いつ監督としてのキャリアを送りたいと思い始めたのですか?

私は常にサッカーに対して大きな情熱を注いできました。SCコインブロインスやCFバラダーレスといったチームでプレーヤーとしてサッカーと繋がっていたし、その少し後には、FCポルトの偉大なる瞬間に立ち会える幸運にも恵まれました。2002-03と2003-04のジョゼ・モウリーニョ監督期のFCポルトです。この2年間は、チームがどのようにプレーし、どのように構築されるのかという観点から、私の中で記憶に残っています。おそらくCLの前日と翌日の新聞をまだ持っていると思います。あれが私の好奇心を大いに刺激しました。ジョゼ・モウリーニョの足跡を追うだけでなく、その成功の背景を知りたいと思い、監督になりたいと考えるようになりました。だから、15歳のときにはもう自分の頭の中は決まっていたのです。シニア年代の初年度までプレーは続け、(ポルト大学の)スポーツ学部で学びました。その後、オランダに留学し、そして監督になる誘いを受けました。

-オランダに留学したのですね。

オランダには「エラスムス」の留学プログラムで行きました。当時は、アヤックスとその育成プロジェクト、そしてオランダのサッカーやトレーニングの文化について興味がありました。

-監督になる機会はどのようにして訪れたのですか?

FCバラダーレスで監督としてのキャリアをスタートさせました。おかしな話ですが、オランダに留学していたのに、もうクラブのプレシーズンが始まっていたのです。私が戻ってきたとき、監督が「選手の代わりにアシスタントコーチになりたいか」と尋ねてきました。私は、選手よりもアシスタントコーチとしての方が価値を出せると考えたので、疑いようなく正しい決断でした。翌年、クラブの会長がU-19チームの監督を務めるチャンスをくれました。21歳の私にとっては素晴らしい経験です。その年の終盤に、育成プロジェクトのためトロフェンセ(ポルトガル)に行く招待を受け、2年間をそこで過ごしました。

-その後に、FCポルトの名前が浮上します。どのように招待を受けたのですか?

私がFCポルトに入団したとき、育成プロジェクトの責任者はルイス・カストロ(現シャフタール監督)とビトール・フラーデ教授でした。教授が私に、ルイス・カストロとの面接の機会をくれたのです。なんともない普通の面接プロセスを経て、最終的な決定を待っていました。合格の知らせを受け取った日のことを、まるで今日のように覚えています。すごく意味深いものでした。

-FCポルトでは5シーズンを過ごされました。クラブ内ではどのような役割を果たしていたのですか?

私は、我々の経験や将来に向けた準備の仕方を信じています。その意味で、幸運にも、試合やトレーニングへの知識が豊富で、クラブの文化を重視していた監督たちとともに育成プロジェクトに参画できました。私のFCポルトでの最初の役割は、U-9チーム監督とU-13アシスタントコーチでした。私が初めて全国レベルの大会でアシスタントコーチを務めた監督が、アントニオ・フォーリャ(前SCポルティモネンセ監督)でした。その後、クラブ内で新たに作られた機能や、もっと貢献できる機能について構造的な革新があり、私は監督やアシスタントコーチ、オブザーバーなどを務めました。その経験のおかげで、育成プロセスの全課程や全部門、共通の目的に沿って各部門を関連づけるようなマクロな視点を持つことができたのです。

-その後、FCポルトを退団して、中国の山東魯能に行きましたね。なぜでしょうか?

中国行きの決断には2つの要因がありました。1つ目の要因として、中国ではより経済的に自立でき、より快適に家族との生活や計画を進めることができる状況だったこと。2つ目の要因としては、異なる文化への挑戦、そしてプロジェクトを共に進めたグループによる挑戦でした。

-中国ではどのような役割を果たしましたか?

U-9からU-13までのサイクルにおけるコーディネーターと、同時に、U-15およびU-16チームの監督を務めました。

-その経験をどのように評価しますか?

人間的な観点、また、専門的な観点からも、非常に豊かな経験でした。人間的な視点というのは、異なる文化を持つ人々への理解、我々にとっては重要なことでも彼らにとっては重要ではないことがあるということ。専門的な視点というのは、相対化すること、そして優先事項と付属事項を区別すること。小さな変化が、大きなインパクトを創造できることに気づかされました。

-なぜFCポルトに戻ったのですか?

FCポルトへの復帰は、自然な形で起こりました。私がクラブや組織全体と良い関係を築いていたためです。家に帰るようなものでした。中国では契約の最終年であり、更新しないことは決めていました。ルイ・バロス(現ポルトB監督)とクラブ組織からの招待を受け、彼のテクニカルチームに加わりました。

-FCポルトの育成組織で出会った最高のタレントは誰でしたか?

移籍シーズンが近づいていますので、他クラブについての質問には答えたくありません。誤解を招きたくないので。

-FCポルトに戻ってたった1年で、リパプールの名前が浮上します。それはどのように起こったのですか?

ユルゲン(クロップ)とペパイン(ラインダース)、そしてクラブは、テクニカルチームにおいて、アシスタントコーチとしての役割に加えて、アカデミーとトップチームを強く結び付けられる役割の必要性を感じていました。

-ペパイン・ラインダース氏が監督・コーチとしてあなたに与えた影響はどのようなものですか?

ある人に影響を与える最良の方法は、その人の心に触れることだと信じています。ペパインにはその才があります。彼は試合、トレーニング、そして我々一人ひとりに届く方法について、エネルギーと情熱を持っています。発生している問題について解決策を探すことに秀でており、ときに問題を予期することもあります。彼とまた仕事ができていることは、私にとっては誇りであり大きな喜びです。

-リパプールではどのような役割を果たしていますか?ユルゲン・クロップのアシスタントコーチを務めながら、U-23チームとジュニアチームの選手たちとも仕事をしていますね?

トップチームのアシスタントであることに加え、私の主な目的は、才能豊かな選手、つまり、エリート選手の育成を最大限に促すことです。選手の育成は様々な方法で行われていますが、最も重要なことは、どのように集合体・チームとして試合にアプローチし、どのようにアイデンティティや個人の成長を促すゲームアイディアを構築・開発するかを知ることです。その最たる例がトップチームです。要点を言えば、私の役割は、トップチームとアカデミーにある距離を縮め、U-18チームとU-23チームを、方法論のレベルで、または、我々が基本と考えているゲーム原則のレベルで、トップチームに近づけることです。そして同時に、弱点を再構造化し、細部に対して完璧主義であり、選手が持つクオリティを最大化する点において、選手”個々”についても配慮します。

-エリート選手の育成という仕事は、育成年代の選手に対してのみ行われるのですか?

エリート選手の育成は、トップチームに入る才能があるとクラブが信じている選手に対して適用されます。それは、シニア年代、レンタル移籍中の選手、アカデミーからトップチームへの移行フェーズにある選手などです。

-あなたがユルゲン・クロップに情報を提供し、それに基づいて、その若手選手がトップチームに加わるかどうかを監督が決めるのですか?

テクニカルチームの機能として、すべての決断は共有され、一緒に決定されます。ただ、最初と最後の言葉は、ユルゲンによって発せられます。この件については、私が才能のある選手の育成について責任のある役割を果たしているため、提案はいつも私から発せられます。

-クロップのように、率いるクラブの周囲に素晴らしい環境を作り出せる能力のある監督は少ないように思えます。

クラブ、街、そしてユルゲンの関係性は素晴らしいものです。完全なる共存と言えるでしょう。これは、ユルゲンの個性とカリスマ性、そしてクラブの神秘性と歴史を通じて自然に形成されたものだと思っています。間違いなく、彼は勝利・克服・ハードワーク・完璧主義の文化を築きましたが、それは彼の人となりや、彼が信ずるものと関係しています。

-ユルゲンは人を愛しています。彼は毎日どのように過ごしていますか?

(彼が人を愛することは)クラブでの日常からも感じられます。ユルゲンは、素晴らしく信じられないような人です。彼はたった5分間で、あなたを一緒に世界征服をするよう説得できるような人間です。その性格は、彼の計画にも、エクササイズにも、トレーニングにも、試合にも、講義にも、会話にも、どこにでも感じられます。我々一人ひとりにリーチし、最大限を要求することができるのです。

-何か驚いたことはありますか?

あなたは、彼のインタビューや記者会見、試合を見て彼のイメージを頭に作り上げていますが、ユルゲンはいつでもあなたを驚かすことができます。彼は多くの場合、枠の外で考え、多くの問題を予期できるような人です。

-ペパイン・ラインダースは、「ビトール・マトスはリパプールにとって今季最高の補強だ」と言いました。それを聞いてどう思いましたか?責任感が増しましたか?

いいえ。責任感は受け取った称賛とは無関係であるべきです。全く予期していなかったので、そのような言葉を聞けるのは素晴らしいのは明らかですが、称賛以上に私が追求しているのは、クラブが必要としているすべてに対して貢献し、ハードワークすることです。私は謙虚さ・忍耐力・ハードワークといったものの価値と原則を信じています。サッカーとははかないものであり、そこに残るのは私たちがどの側面にも持つ原則と価値です。ペパインは、そのプロフェショナリズム・情熱・完璧主義から、私にとっては大いなる刺激の源です。その刺激は、私個人として、家族として、そしてプロとして、素晴らしい助けになっています。それこそが、彼が驚くべきほど優れた人間であることを意味しています。

-では、リパプールについてより一般的な文脈での話をしましょう。プレミアリーグでは事実上他のチームはノーチャンスです。チームの成功のポイントは何でしょうか?

すべての始まりは、素晴らしい選手たちです。才能があり創造性のある選手たちが、試合はチームによるものであることを信じており、攻守両面において起こることに対して責任があることを理解しているのであれば、他のチームが注意しなければならないチームになります。クラブとしてより組織的に整備されるほど、ディテールの重要性を感じられる選手が増え、間違いなく彼らは、クラブが選手に対して日々持っている努力・プロフェショナリズム・献身を感じられるようになります。この結束と文化が、今季の成功に大きく関係しています。私たち全員が、週末だけでなく1週間を通じて試合に勝利した気分を感じています。チームの野心・メンタル・才能・そして創造性は素晴らしいものです。

-いまやリパプールは、単なるプレッシング(ゲーゲンプレッシング)と縦に速いだけのチームではありません。より汎用的で柔軟になりました。

それはいくつもの要因が関係しています。そのひとつが、我々のゲームアイディアに則って、選手の特徴を最大化できた方法です。この可変性は、チームが直面する様々な問題に対して、チーム全体で調整が効くように敏感に構築されていることに起因します。全てが、試合のリズムとスペースをどのように管理するかに関係しています。

-クロップがリバプールに来たとき、ララーナは「フィジカル的な要求は増えたが、その努力によって引き起こされた痛みは良いものだった」と言いました。どのように、才能ある選手がこのような姿勢を持つように説得しているのですか?

説得する以上に、要求するのです。我々は基本となるゲーム原則に基づくことを選手たちに要求しており、それがチームの流動性とインテンシティを保証しています。我々は組織のオーガナイゼーションと戦術文化を持たなくてはならないと信じており、ユルゲンはそれを彼の人生と情熱で満たしています。このバランスは基本的なものであり、両方があって機能します。もし確かなことへの情熱しかなければ、これほど規則的で一貫性のあるチームにはならないでしょう。

-リパプールは事実上プレミアリーグの王者です。クラブとして、また街として、Covid-19による中断をどう感じていますか?

我々全員の健康と国の福祉についてこれほどまでに深刻な状況では、率直に言って、他の感情が入り込む余地はありません。ただ、今まで我々が構築してきたすべての過程・プロセスには誇りを感じています。我々はサッカーが戻ってくることを知っていますし、そうなったときに、我々が中断期間前に終えた場所に戻れると信じています。アイデンティティと情熱をもってトレーニングし、試合に臨むでしょう。

-リーグが再開する日にちは未定です。リーグを終わらせることはできると思いますか?

リーグを終わらせるためのいくつものシナリオと解決策があります。その意味で、英国政府、プレミアリーグ、そしてクラブは最善の策を見出すために、常時ディスカッションをしています。現段階で我々がしなければならないことは、自分たちと他人の健康を維持するため、自分たちにできることに集中することです。現時点で最も重要なことです。

-10年後の自分はどこにいると思いますか?

自分が良いと思い、他の人たちも望むところにいるでしょう。我々がいま生きている瞬間は、全てを相対的に見て、私たちにとって最も重要なものの近くに常にいなければならないものです。私がいつも望んでいるものは、私にとっても、家族にとっても、そしてクラブにとっても意味があるものです。

-最後に、あなたが参考にしている監督は誰ですか?

ユルゲン・クロップです

32歳の若さですでに多くのコーチング経験を積み、世界王者リパプールのトップチームとアカデミーを繋ぐ重役を任せられたビトール・マトス。CLを制した翌年、プレミアリーグを敵なしで突き進む最強チームの裏方には、FCポルト時代の同僚であり、ユルゲン・クロップの右腕とも言われるラインダースに「今季最高の補強」と称されたキーマンの存在があった。

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【動画付き】ジョルジ・ジェズス、国際大会3度目の正直!リベルタドーレス杯を劇的優勝!

ポルトガル人監督ジョルジ・ジェズス率いるフラメンゴが、リーベルプレートと対峙したリベルタドーレス杯決勝は、歴史的な大逆転劇で幕を閉じた。

フラメンゴは前半14分にリーベルのボレに先制弾を許し、その後は得点を奪えずに敗戦濃厚に。しかし、ジョルジ・ジェズスのもと母国ブラジルでかつての輝きを取り戻したガビゴウことガブリエウ・バルボーザが、89分と92分に立て続けにゴール。わずか3分間の大逆転劇を演じたフラメンゴが優勝を飾った。

フラメンゴは1981年の優勝以来、実に38年ぶりとなる大会王者に。前回優勝時には、神様ジーコが、この日のガビゴウ同様2ゴールを決めていた。クラブを逆転優勝に導いたガビゴウは、グループステージからベスト16、ベスト8、準決勝、決勝の全てのフェーズで得点をマーク。わずか3分での2ゴールはリベルタドーレス杯最速記録となった。

また、ベンフィカでは6年間で10つのタイトルを勝ち取ってきたジョルジ・ジェズスにとって、国際大会での優勝はキャリア初。ベンフィカ時代には、ELで2年連続決勝敗退の悔しさを味わってきた監督は、3度目の正直でついに大陸王者の栄誉を手に。リベルタドーレス杯を手にしたのは、外国人監督としては、1991年にコロコロを率いたミルコ・ヨジッチ以来、史上2人目。自身16つ目のタイトル獲得に、選手・サポーターのみならず、ポルトガルリーグ公式や自身が3289番目のソシオであるスポルティングなど、各ポルトガルクラブからも祝福が寄せられた。

フラメンゴはこの優勝でクラブW杯出場が決定。ブラジルリーグでも次節勝利で優勝が決まる。リベルタドーレス制覇の余韻を残しつつ、今後もジョルジ・ジェズス率いるフラメンゴの躍進には目が離せない。

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ポルトガル人アナリストがゲンク伊東純也に期待「中島と同様、短期でインパクトを残す」

ポルトガル屈指のアナリストで同国メディア『GoalPoint』でもパフォーマンスアナリストを務めているティアゴ・エステバオン氏が、柏レイソルからベルギーのゲンクに加入した伊東純也を称賛。自身のSNSで日本人FWへの期待を語った。

「ゲンクは移籍市場で存在感を放ち続けており、今回はイトウを低リスクの取引で獲得した。彼は25歳でナカジマ(中島翔哉)ほどのポテンシャル/リセールバリューはないが、彼同様、短期間でインパクトを残せると信じている。我々GoalPointもスカウティング記事からプロ向けサービスまで、彼を大いに推薦してきた」

「ローンで加入したが、移籍は長期的なものになり得る。ゲンクは現在、12ポイント差で首位に立っており、プレッシャーを感じずにチームに入り込める。また、SamattaやTrossardらとのトリオに完全にフィットするだろう。彼は1対1での強さからゴールへの貢献、守備のサポートまで、全てを持ち合わせている」

ポルトガルでの約1年間でヨーロッパ各国の強豪クラブが欲しがる存在へと成長した中島翔哉。ポルトガルでのそのインパクトを知り尽くすアナリストの期待通りの活躍を、伊東純也はすることができるか。

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中島翔哉、モウリーニョの元右腕ルイ・ファリアのもとへ。アル・ドゥハイル移籍が正式決定!

ポルティモネンセの日本代表MF中島翔哉が、カタールのアル・ドゥハイルに移籍することが決定。クラブが正式に発表した。

「中島翔哉、カタール移籍か?」という衝撃のスクープが報じられたのは、年始の1月16日。ポルトガルメディア『zerozero.pt』が、すでにクラブ間で合意したことを報道していた。

当時はポルトガル3強への加入やプレミアリーグ移籍などの可能性が報じられていたため、上記の報道の信憑性には疑問があった。しかし、スペインの『AS』などが報じた通り、カタール移籍の裏にはパリ・サンジェルマンが関与しており、FFP違反を避けるため中島を一旦カタールでプレーさせ、来夏にはチームに迎え入れる、などの噂が立ち込み、一気に信憑性が高まっていた。

『zerozero.pt』による中島翔哉カタール移籍報道とほぼ同時期に、アル・ドゥハイルはジョゼ・モウリーニョの元右腕として有名なルイ・ファリアの監督就任を発表。2001-02シーズンにモウリーニョがウニアオン・デ・レイリアを指揮していた頃から、そのアシスタントを勤めてきた名参謀が、中島の説得にも関与していたようだ。

中島翔哉は早くもチームの練習に合流し、公式戦デビューに向けて準備を開始。クラブの公式Twitterアカウントが写真を公開している。

移籍の詳細な条件は発表されていないが、パリ・サンジェルマンの関与は真実なのか。CLでのプレーが夢と公言する中島が、なぜカタール行きを選択したのか。舞台裏の真相が明かされることを待ちたい。

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モウリーニョ、ロシアW杯決勝を展望。勝者に推したチームとその理由とは

『A BOLA』

ロシアのテレビ局で解説も務めるジョゼ・モウリーニョが、フランス対クロアチアによるロシアW杯決勝を予想。勝敗を分けるポイントを語った。

「フランスが優位だろう。しかし私が常々言っているように、W杯には有利なチームもアウトサイダーもない。ファイナルというのは勝つためのものであって、プレーするためのものではない。この考え方を持ってピッチに入らなくてはならない、そしてこれはクロアチアの選手たちが持っている考え方だと思っている」

「クロアチアが勝利する可能性は十分にある。もし試合が長引けば、その可能性は低くなるだろう。彼らの持つ闘争心が勝利をもたらす要因となりえる」

バロンドールにも推されているルカ・モドリッチや、チームの得点源マリオ・マンジュキッチ、イバン・ペリシッチらの名前を挙げて評価したというモウリーニョ。同監督が優勝に推すクロアチアは、歴史的な初優勝を成し遂げることはできるのだろうか。

©FutePor -ふとぽる-