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ポルトのチーム得点王SB、中島翔哉とのエピソードを明かす

『Record』

ポルトのブラジル人LSBアレックス・テレスが、ポルト公式が公開した番組「FC Porto em casa (お家でFCポルト)」に出演。チームの左サイドで共演することも多い中島翔哉とのエピソードを語った。

「僕らが彼(中島)に教えた最初の言葉は、『cansado (疲れた) 』、次に『folga (休み)』だよ。それで(セルジオ・コンセイサオン)監督が、彼のところに行って尋ねたんだ、『それで、ナカ、今日の言葉は何だい?』って。すると彼は答えるんだ、『疲れた』『休みをください』ってね」

「彼は冗談でひとつふたつの言葉を言うけれど、たくさん会話をすることはできない。自分は、チームで一番彼に冗談を言っているうちのひとり。日本語を話そうとチャレンジしてしても、ほとんど何も出てこないけどね。

彼は自分の世界にすごく閉じているよ、否定的に言っているのではなくてね。彼は静かにしている。コミュニケーションが容易ではなく、英語も少ししか話せないからね。僕らは、彼が心地よく過ごせるように務めている。監督もよく彼に冗談を言うし、同様に努めている。デンベレという通訳が、中島には英語で話している。

彼が静かなのは、たぶん彼が僕らの言語を話していたとしても変わらないんじゃないかな。彼のやり方の中では、お茶とケータイを携え、でもピッチの中では、印象的なクオリティを持っている。信じられないものだよ」

アレックス・テレスは、SBながら現在リーグで8ゴールを挙げてチーム得点王に君臨。チェルシーやバルセロナ、パリ・サンジェルマンら強豪クラブが関心を寄せると言われる、まさにチームの中心選手。そんなテレスやセルジオ・コンセイサオン監督のサポートのもと、中島はマイペースながらもピッチ上でその技術を見せつけているようだ。

©FutePor -ふとぽる-

中島翔哉、上々のポルト公式戦デビュー。ポルトガルメディアも高評価「かつてクライフは言った…」

CL予選3回戦セカンドレグ、ポルトがホームにクラスノダールを迎えた一戦で中島翔哉が公式戦デビューを果たした。チームは前半立て続けに3失点を喫し、後半に2点を追い上げるも同点には至らず。ファーストレグの1-0のリードを活かせずに、アウェイゴールの差でCL予選敗退となった。

1-2で敗れたリーグ開幕戦ジウ・ビセンテ戦では、ボランチから2トップへの距離感が遠く、ビルドアップに苦労したポルト。この日はその反省を活かして、中島翔哉を4-2-3-1のトップ下のポジションで起用。中島は相手選手の合間に顔を出してボールを受け、前を向いて両サイドハーフのヘスス・コローナとルイス・ディアス、ワントップのムサ・マレガに小気味好くパスを配給してチームにリズムをもたらした。チームは前半のうちに、守備で後手に回っていたRSBレンゾ・サラビアを交代させ、FWルイス・ディアスを投入。前半終盤から後半にかけては、中島はRSBの位置に降りたコローナに代わってRSHのポジションでプレー。不慣れなポジションで、ラストプレーの判断や質、RSBコローナとの連携面に課題を見せながらも、チームに推進力を与えた。結果的にフル出場を果たし、上々のデビューを飾った。

ポルトガルメディアも、中島のパフォーマンスについて概ね高評価。『maisfutebol』は、「オリベルは去ったが、”ツバサ”は健在だった。中島の両足は、前半のチームをガイドし、試合を照らす光だった。類稀なる才能の持ち主であることを示したデビュー戦だった。クライフはかつてこう言った。標準的な選手はスペースがあればうまくプレーする。偉大な選手は相手を背後に感じながらも良いプレーをする。中島はまさにその偉大な類だった。敵のプレッシャーを感じることなく、常に顔を上げ、相手の暗い色のユニフォームの間に入り風穴を開けた。全てがうまくいったわけではない、それは明らかだ。時々判断が悪く、いくつかのプレーでは決断を急ぎすぎていた。ただ、デビュー戦とは思えないプレーだった」と、この試合の良かった点・悪かった点を的確に評した。

また、『zerozero.pt』も「あらゆることにトライした。サイドから、中央から、パス、シュートーー。中島はポルトに違いを作り出していた。FWへのロングパスやクロスではなく、相手が予期していないことをして、違いになろうとしていた。全てがうまくいったわけではないが、このチームにおいて、バランスを崩せる選手になり得ることを示した」と、攻撃のアクセントになったことを伝えた。

ポルトは2011年以来、8年ぶりにCLへの出場を逃し、ELへ回る。今後も過密日程が続く中で、貴重な戦力の1人となり得ることを十分に示した一戦となった。

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ポルト中島翔哉、ハメスら背負った10番を継承。突然の変更にファン・クラブの反応は?

『zerozero.pt』

ポルト中島翔哉の背番号をめぐり、ポルトガルでひと騒動が巻き起こった。

当初、ポルト加入にあたり、クラブはアルジェリア代表ヤシン・ブライミが着用していた8番を中島翔哉が背負うことを発表していた。しかし、中島が加入したタイミングで10番を着用していたオリベル・トーレスが、中島加入後にセビージャへ移籍したことで、急遽10番が空き番号に。中島自身がエースナンバーを希望したとのことで、フルハムとのトレーニングマッチからは10番を着用。クラブも「我々のナンバー10!」と背番号変更を公表していた。

これに待ったをかけたのが、すでに8番のユニフォームを購入していたポルティスタの面々。クラブに苦情が寄せられたため、ポルトは、すでに8番を購入したファンに対して、交換・背番号変更に応じることを発表して、事態の沈静化を図ったのだった。

ポルトの10番といえば、元ポルトガル代表デコ(ポルト→バルセロナ→チェルシーなど)や、アンデルソン(ポルト→マンチェスター・ユナイテッドなど)、ハメス・ロドリゲス(ポルト→モナコ→レアル・マドリードなど)らが背負ってきた伝統の背番号であり、世界に名だたるビッグクラブへの出世番号だ。一悶着はあったものの、ついに日本人がポルトガル屈指の名門クラブにおいて、エースナンバーを背負う準備が整った。

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中島翔哉、ポルトより好条件のベンフィカオファーを拒否か

『zerozero.pt』

ポルトへの移籍が決定した中島翔哉だが、加入以前に、ベンフィカからポルトを上回る条件のオファーが寄せられるも、拒否していたことが判明。ポルトガルメディア『O JOGO』が報じた。

同名メディアによると、ベンフィカのオファーはポルトが提示したものよりも年俸が40%ほど高額であり、かつ、アル・ドゥハイルの懐に入る移籍金もポルトの1200万ユーロを300万ユーロ上回る1500万ユーロが提示されていたようだ。それでも中島は、ポルトでのプレーを望み、好条件のオファーを断っていたという。

中島の正式加入に際して、ポルトのピント・ダ・コスタ会長は、他クラブが中島の獲得を狙っていたことを公言し、「彼は今やポルトの選手であり、いつも獰猛な鳥が目標を叶えられるわけではない」と例えていたが、そのクラブこそが、獰猛な鳥の象徴であるワシをチームロゴに据える最大のライバル、ベンフィカであったようだ。

かねてよりポルトでプレーする夢を語っていた中島翔哉。その強い想いはポルトガルリーグ王者ベンフィカをもってしても曲げられなかった。

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ポルト会長、中島翔哉の獲得について語る

『O JOGO』

ポルトが日本代表FW中島翔哉の獲得を正式に発表。ポルティモネンセ時代から獲得を目指していたピント・ダ・コスタ会長が、中島の獲得が実現したことに対する喜びを語った。

「中島はポルトでプレーしたいという夢を持っていた(※中島はポルトガルメディアに対して「ポルトでプレーするのは夢」と公言し、ポルトガルで大きく取り上げられていた)。そのため、ポルト対ポルティモネンセの試合の後に、私は中島とそのことについて会話をしたが、彼は代理人のテオドロ・フォンセッカの願いでもあるその気持ちを表明してくれた。しかし、それはポルトにとっても、長年抱いていた夢であった。我々が獲得を長らく狙っていた選手であり、監督もそのクオリティを高く評価していた。幸運にも全てがうまくいき、彼は今日、ポルトのユニフォームを着ることができた。彼にとっても良いことだろう」

ポルトは昨年から中島の獲得を目指していたが、結果的に同選手はカタールのアル・ドゥハイルに3500万ユーロで移籍。今回のポルト移籍も強豪クラブが存在し、実現には苦労したことを明かした。

「契約は簡単ではなかった。彼は遠方の国でプレーしていたが、私が初めてテオ(代理人)と接触したときから、彼がポルトに来てくれることを確信していた。彼にスカウトを送りこんで獲得を試みクラブも存在したが、幸いにも、彼が他のクラブに行ってしまうことは避けられた。彼は今やポルトの選手であり、いつも獰猛な鳥が目標を叶えられるわけではないのだ」

記者に「完璧な両思いですね?」と聞かれた際には、「まさにそうだ」と語り、「彼自身の意思と我々の意思がなければ、彼がいまここにいることはなかっただろう。彼には他の選択肢もあったが、コンタクトを開始した初日からポルトでのプレーを望んでくれた。彼の価値については、信頼というよりも期待をしている」と、両者の願いが一致した移籍となったことを公言。最後に、中島がポルトでプレーしたいという希望を抱いていたことが今回の移籍の実現に繋がったことについて、会長自身の補強に際してのポリシーを語った。

「ますますこのユニフォームを100%想ってくれる選手が必要になってきている。これは私が契約に乗り出す際に、理想と考えている選手の特徴だ」

一部現地報道では、中島はアル・ドゥハイルで受け取っていた高額年俸を減俸してまで、今回のポルト移籍を望んだとされる。その想いが、ピント・ダ・コスタ会長を動かし、両者の夢が一致する結果となったのだろう。

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