ポルトガルとギリシア。フットボールで紡がれた二国関係

大西洋に面したヨーロッパ最西端の国ポルトガルと、エーゲ海に浮かぶヨーロッパ最東南の国ギリシア。ヨーロッパ地図を中心であるドイツを基準に折り曲げたらちょうど重なる両国は、どちらも栄枯盛衰の歴史を味わったヨーロッパの小国だ。

現在ギリシアの首都となったアテネは、紀元前4-5世紀、ダレイオス1世の治世に最盛期を迎えていたアケメネス朝ペルシア王国の侵略を退け、偉人ペリクレスのもとで民主制を築き大繁栄を遂げた。その後約2000年の時を経た14-15世紀のヨーロッパでは、ギリシアの「裏側」に位置するポルトガルが、大海洋帝国を築き上げようとしていた。いち早くレコンキスタ(イスラム教徒からの国土回復運動)を完了させたポルトガルは、ジョアン国王家主導のもとエンリケ航海王子やバルトロメウ・ディアスら航海士がアフリカへ。その後はバスコ・ダ・ガマのアジア進出やカブラルの南米遠征などをもって大航海時代を席巻し、ヨーロッパ最西端を基点に全世界へ勢力を拡大させた。

こうして世界の主導権を握った両国は、いまや財政難に陥り、ユーロ危機の大根源とされている。過去の繁栄も今は昔、現在ではポルトガル、ギリシアともにヨーロッパの財政危機国という不名誉なレッテルを貼られてしまったのだ。

両国の共通項は、どうしてもこの「経済危機」に集約されてしまう。たとえ歴史的に密接な国際関係を築いていたとしても、その事実が顕在化することは、情報に溢れたインターネット社会では難しい。ポルトガルとギリシアと言えば経済危機。おそらくこれが普遍的なイメージだろう。

そんな両国を繋ぐ架け橋となっているものがある。時には因縁として。時には師弟関係として。いかなる形であれ、ポルトガルとギリシア両国の関係性を紡いでいるのが、何を隠そうフットボールなのだ。

敗北に始まり、敗北に終わる。

ポルトガルが今でも忘れはしない屈辱。約10年前、自国開催となったEURO2004だ。本大会はポルトガルとギリシアの関係性が急速に接近する契機となった。

自国優勝へ意気込んだポルトガルに、2度の敗北を突きつけたのがギリシアだった。ファンの声援を後ろ盾に、圧倒的有利と見られていた開幕戦。ポルトガルはグループステージ初戦でギリシアと対戦し、そして敗れた。自国優勝への並々ならぬ思いと、格下に敗れた危機感や反骨心からか、その後の試合を無敗で駆け抜けた。しかし決勝にて、ギリシアが再び立ちはだかった。優勝は目前。開幕戦の過ちは繰り返さないだろう。ギリシアはそんな期待感に湧くポルトガル国民を、ドン底へと突き落としたのだった。

ギリシアに負けて始まり、ギリシアに負けて終わった大会。2014年自国開催のW杯でドイツ相手に7点の大量失点を喫したブラジル代表と並び、世界のサッカーシーンを彩る「国民の屈辱」を象徴する1ページだ。その後、ポルトガルは否が応でもギリシアに対して因縁を抱くようになる。ポルトガルが持つギリシアへの苦手意識が頂点に達した瞬間だった。

一方で、かつての海洋帝国の「裏側」ギリシアでは、開催国を2度破ってEURO優勝の快挙を成し遂げた2004年よりも以前に、1人の男の手によって「ポルトガルブランド」が確立されようとしていた。ポルトガル人サッカー監督が現在のように世界的な名ブランドとなったのは、奇しくも母国がギリシアに敗れ去った2004年からチェルシーを率いるジョゼ・モウリーニョによる功績が大部分を占める。事実、フィオレンティーナの監督を務めるかつてのポルトガル代表の名選手パウロ・ソウザは、「モウリーニョには感謝している。彼は偉大な前例だからだ。勝ち得るものには全てに勝ち、ポルトガル人監督の門戸を開いた」と先人の活躍を認め、褒め称えている。

しかし「モウリーニョ時代」以前の2001年にはすでに、国内のビッグクラブ、ポルトを率いた経歴を誇るポルトガル人監督が、活躍の場をギリシアに移し、異国で新たなキャリアを築いていたのだ。その男こそが、現在ポルトガル代表監督を務めるフェルナンド・サントスだ。

2001年にAEKアテネの監督に就任したフェルナンド・サントスは、1年目で異国のチームをリーグ2位へと導いた。その後は、パナシナイコスやPAOKなど国内の強豪クラブを転々。そうして、ギリシアで確固たる名声を勝ち得た同氏は、ついには代表監督にまで登り詰めた。2010年に監督就任したギリシア代表で2014年ブラジルW杯へ出場。日本人にとっては記憶に新しいグループCを、下馬評を覆し逆転通過した。快進撃を続けたコスタリカに敗れ去りはしたが、国民の期待を遥かに上回る、W杯ベスト16に導いたのだった。

ジョゼ・モウリーニョが、ポルトガル人監督が世界へ羽ばたく門戸を開いた先駆者ならば、フェルナンド・サントスは同国監督がギリシアで信頼される礎を作ったパイオニアだろう。

現在はエジプトで指揮を執り、かつてはベンフィカ、ポルト、スポルティング、ブラガというポルトガルの「4強」を率いた経歴を持つジェズアウド・フェレイラは、フェルナンド・サントスが過去に率いたパナシナイコスを2010年から2年間指揮。また、今季より率いるポルトガルの古豪ベレネンセスを、クラブ史上初のEL本戦に導いたサー・ピントは、前シーズンにOFIクレタの監督としてギリシアで名を馳せた。

現2015-16シーズンは、2名のポルトガル人監督がギリシア1部リーグに挑戦している。ブラジルW杯に出場した前代表監督パウロ・ベントの右腕レオネル・ポンテスは、パナイトリコスを指揮。そして、田中順也を指揮し、スポルティングを7年振りのタイトルへ導いたマルコ・シウバは、オリンピアコスの監督に招聘された。

ポルトガルとギリシアの二国関係を語る上で欠かせないのが、このオリンピアコスだ。パナシナイコスと並び称されるギリシア2大巨神の一角は、2012年の7月より6名の監督が指揮しているが、そのうち半数にも及ぶ3名をポルトガル人監督が占めている。現在モナコを率いるレオナルド・ジャルディンから端を発したこの流れを、2015年1月に途中就任した元ポルト監督ビトール・ペレイラが継承。ペレイラがギリシアリーグを制し、現在所属するフェネルバフチェへ移ると、クラブはポルトガル人監督への期待感を強め、前述のマルコ・シウバを招聘した。

オリンピアコスのポルトガル人指揮官マルコ・シウバに対する信頼は確固たるものだった。当時、マルコ・シウバはスポルティングとの契約解除問題の渦中にあり、他クラブが彼と契約を交わすには複雑な状況だった。マルコ招聘に関心を抱いていた強豪クラブ、セビーリャやナポリが具体的なオファーを尻込みする中で、唯一オリンピアコスだけが明確なオファーを提示したのだ。マルコ・シウバはクラブからの信頼に対し「辛抱強く待ってくれたクラブと会長には感謝したい」と述べている。エストリルやスポルティングで展開したボールポゼッションを高めた攻撃的なサッカーを展開し、ポルトガル人監督によるギリシアリーグ連覇と、バイエルンやアーセナルら超名門クラブを相手にCLグループリーグ突破へ挑む。

ポルトガルとギリシアを密接に結び付ける監督がいれば、その配下でプレーし両国を繋ぐ架け橋となっている選手もいる。現在はフィオレンティーナを率い、名将の仲間入りを間近に控える前述のパウロ・ソウザや、近年ポルトガル代表のワントップを支えてきたポスティガの2選手は、過去にパナシナイコスに所属していた。監督で言うところのフェルナンド・サントスのように、ポルトガル人選手がギリシアで高評価を得る礎を築いた先人だ。彼らが開拓した「航路」に乗り、現在は数十名のポルトガル人選手がギリシアリーグに進出し、異国で躍動している。

特に代表的な選手は4名だろう。2011年よりパナシナイコスでプレーするのは、ギリシアにおけるポルトガル人選手の「顔」である「ゼッカ」ことジョゼ・カルロス。PAOKには、かつてベンフィカでプレーしたミゲウ・ビトールと、バレンシアやウォルフスブルクなどの強豪チームで活躍し、2006年から3度のW杯に出場しているリカルド・コスタの2選手が在籍している。そして、今季よりマルコ・シウバが就任したオリンピアコスは、監督たっての希望によりポルトから期待の若手FWエルナーニを獲得した。

今後、ポルトガル人指揮官は、母国リーグ所属選手のギリシア到来を加速させるだろう。事実、マルコ・シウバはこの夏だけで、エストリル時代の教え子を含めた3名の若手選手をギリシアへ連れ込んだ。現在ギリシアで監督を務めるポルトガル人指揮官は前述の2名であるが、彼らが母国監督の名声を高めギリシア行きの裾野を広げることに成功したら、ギリシアでプレーするポルトガルリーグ出身選手の数は、比例して増加することが予想される。

ギリシアフットボール界におけるポルトガル人のプレゼンスは拡大傾向にある。それと同時に、今後は東欧選手を重宝するベンフィカを中心に、より多くのギリシア人選手がポルトガルリーグへ到来する可能性も考え得る。というのも、ベンフィカの中盤を支えるサマリスと、マルコ・シウバと入れ違いでオリンピアコスからポルトガルへ移ったミトログルらギリシア人選手が、すでに印象的な活躍を誇示しているからだ。マルコ・シウバも「ギリシアで尊敬されている選手だ」と認めたミトログルに至っては、ベンフィカとスポルティングのリスボン2強が争奪戦を繰り広げた人気銘柄だ。

近い将来、ギリシアで活躍するポルトガル人とポルトガルでプレーするギリシア人が、徐々にその数を伸ばしていくことだろう。フットボールが両国の二国関係をより強固なものにするかどうかは、現在それぞれの異国でフットボールに携わる二者に委ねられている。

ポルトガルは大航海時代の開拓者精神さながら、ギリシアリーグという新大陸への航路を発見した。ギリシアもアケメネス朝ペルシアを退けた歴史の如く、ポルトガルリーグへの侵攻という「反撃」の一歩に出るだろう。ヨーロッパの経済破綻国というレッテルを貼られたポルトガルとギリシア。両国を結ぶ「もう一つの」共通項であるフットボールを通じて、相互の「国力」を高め合うことで、欧州にこびりついた負のイメージを払拭することができるだろうか。