モナコ10番、不遇のベンフィカ時代を語る「LSBとしてプレーさせられ、未来がないと思った」

『Record』

現在はモナコで10番を背負い、ポルトガル代表でも主力として活躍するに至ったベルナルド・シウバが、ほんの数年前、2014-15シーズンのベンフィカ時代を『レキップ』に語った。同選手はBチームからトップチームに昇格しながら、得意なポジションでプレーできない不遇の時を過ごした。

「3試合に出場したけど、いつも残り5分というタイミングだった。トップチームで練習していたけど、与えられたポジションは左サイドバック。あのチームで未来がないことは感じていた」

「僕はジュニアから攻撃的MFもしくは右WGとしてプレーしてきた。左SBとして使われるのは初めての経験だった。ベンフィカでの最初のシーズンに、自分の得意なポジションでないところでプレーさせられれば、全てが難しくなる」

およそ20歳という当時の若きベルナルドにとって、自身のポジションでプレーすることは重要だった。そのため、同選手は代理人ジョルジ・メンデスに退団の希望を打ち明け、そして、のちにモナコからのオファーを受け取った。

「決断をした後、モナコからのオファーをもらった。即決だったね。この上ないソリューションだった」

当時指揮を執っていたジョルジ・ジェズスとの関係性を聞かれたベルナルドは、アルゼンチン代表ニコ・ガイタンらとの激しいレギュラー争いもあった、ベンフィカ時代の同監督の判断を尊重した。

「ジョルジ・ジェズスは、僕のポジションには多くの選手がいて、みなが僕より上のヒエラルキーにいると話してくれた。だから、僕はプレーできるチャンスがないと思い、Bチームに戻った。そして、1週間後にはモナコにいた」

ジョルジ・ジェズスがスポルティングへ去ったあと、新たに監督就任したルイ・ビトーリアは多くの若手選手を抜擢した。現在ベルナルドのポジションでレギュラーを張るゴンサロ・グエデスフランコ・セルビアンドレ・オルタ。MFにはレナト・サンチェス、DFのネウソン・セメードビクトル・リンデロフ、GKのエデルソン・モラエスまで。同監督の就任以来、ベンフィカはスポルティング顔負けの若手育成集団になったわけだが、それより以前は有力な外国人選手が占拠する、若手にとっては過酷な時代だった。ルイ・ビトーリアのもとで、バイエルンに巣立ったレナトなど、多くの若手選手が才能の芽を出したが、ほんの数年前までは、ベルナルドのような国外の強豪クラブでエースとなれる実力がありながら不遇の時代を過ごした選手もいたのだ。ベルナルドの一言がその全てを表している。

「この前まで、トビラを開くのはずっと難しかった。だから僕は去ったんだ」

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