「日本へ戻ることも夢見ている」元鹿島FWファブリシオがロングインタビューに応じる

『Público』

今季より昇格したポルティモネンセのエースとして、強豪並み居るポルトガル1部リーグで戦うファブリシオ。かつて鹿島アントラーズでプレーした、日本でも馴染みの深い同選手が、ポルトガルメディアのロングインタビューに応じた。王者ベンフィカ戦でゴールを沈め、日に日にポルトガルでの注目度が増しているファブリシオは、ポルティモネンセへの愛情のみならず、「一番辛い時期から救ってくれた」日本への想いも語った。

-ポルトガルで6年が経過し、ついに1部リーグに到達しました。主にどのような違いがありますか?

ファブリシオ:
時間がかかってしまったね。でも、僕をヨーロッパに連れて来てくれたポルティモネンセで1部リーグを戦えて、夢が叶った。とても幸せだよ。この6年間は本当に良かった。1部のチームから何度もオファーをもらっていたけど、ずっとポルティモネンセが昇格できると信じていた。時間はかかり過ぎてしまったね。ある年は勝ち点4差まで迫り、昨季は勝ち点で並びながら得失点差で昇格できなかった。時間はかかったけど失敗ではない。(先日の)リーグ、フェイレンセ戦のようにね。良いプレーをしながらいつも負けてきた。でも、いつに勝利の瞬間が訪れた。

-1部の方がプレーしやすいですか?

1部は、フットボール、そして質の面でずっと良いね。スタジアムも良いし、対戦相手はよりクオリティが高い。1部でプレーする方がずっと好きだね。(笑) 所属チームのクオリティが高く、展開するフットボールも美しいから、2部よりも難しくないんだ。対戦相手も「プレー」しているし、僕らにも「プレー」させてくれる。プレーするためのスペースが広いんだ。2部ではボールが空を舞うことが多く、1部と比べてスペクタルに欠けるね。

-1部での初ゴールは、敵地ルス・スタジアムでベンフィカ相手に挙げましたね。あの瞬間はいかがでしょうか?

素晴らしかった。神様からのプレゼントだね。いつまでも僕の心に思い出として残るだろう。美しいスタジアムで、偉大なチーム相手に、1部での初ゴールを決められた。しかも、本当は2点だったね。(ゴールラインテクノロジーにより)取り消されてしまったけどね。(笑) まあ、僕にとって、そして僕のキャリアにとってスペシャルなゴールになったよ。本当に特別な思いだね。

-次は敵地ドラガオン・スタジアムでのポルト戦が控えています。そこでもゴールを決めたいですか?

僕のゴールでポルティモネンセを助けられたら本当に幸せだと思う。ドラガオンでのデビュー戦になるけど、チームを信じている。満員のスタジアムでプレーすることになるだろうから、最大限楽しみ、そして最善を尽くしたい。

-ポルトは現在リーグで首位です。しかも、スポルティングと並んで全勝ですね。気が早いですが、タイトル争いはどうなると思いますか?

順位表でひときわ目立っている2チームだね。どの3強クラブも開幕直後にライバルの下位にはいたくないはず。1月の移籍市場で何もかも変わるけど、いまリードしているチームが優勝候補なのは間違いないね。現時点でタイトルへの最有力候補であるチームと、彼らのホームで戦うのは大きな挑戦になる。僕にとっても、ドラガオンのようなスタジアムでプレーできるのは幸せなこと。

-聞いていると、ポルティマオンでの生活を気に入っているようですけど、合っていますか?

うん、好きだ。もし僕が他の選手だったら、すでにお金のために退団していただろうね。でも、僕はポルティモネンセへの愛のため、そして家族のために残った。ポルティモネンセとともに昇格するという目標を持っていたし、このクラブで1部を戦うことは、すごく特別なんだ。この目標は達成したから、将来はまた次の目標を追いかけるよ。

-ポルティモネンセの昇格に関して、ビトール・オリベイラ監督の名前は外せません。彼が監督就任すると知ったとき、クラブは昇格がグッと近づいたと感じていましたか?

偶然にも、僕は半分フットボールとは離れている人間だから、監督のことは、監督が来た時に初めて知ったんだよ。(笑) モレイレンセで監督と一緒にやっていた友人のひとりがいろいろ話してくれて、一緒にやり始めてから、監督が勝者のビジョンを持っていることが理解できた。監督は勝つことに慣れていて、ポルティモネンセにうまくはまってくれた。経験、勝者のメンタリティをチームにもたらしてくれ、全てがうまくいった。勝ち慣れている人のそばにいられるのは良いことだね。

-この6年で、アジアで2度プレーしましたね。最初は中国で次は日本。この経験はどうでしたか?

素晴らしかった。型にはまった状況から出ることは良いことだね。中国にはちょっと驚かされた。僕にとって初めてのアジアでの生活だったからね。何をしても苦労したけど、受け入れてもらえたし、日本人の岡田武史監督と一緒に働くことができた。彼は、僕にとって一番良い監督のひとりだった。あの経験をした後は、より強く、より自信を持てるようになった。

日本への移籍も素晴らしかった。個人的に人生で最も辛い時期を過ごしていた。生まれたばかりの娘を亡くしていたんだ。本当に辛かった。そんな状態で、娘を亡くした1ヶ月後に鹿島アントラーズに到着した。でも、神様は僕を護ってくれた。2つのタイトルを獲得でき、レアル・マドリードと対戦したクラブW杯の決勝戦にも到達できた。乗り越えられたのは日本でたった。だから、日本がいつまでも僕の心に在り続けるのは当然。心の傷は一生治らないけど、でも、日本では決して忘れることのできない幸福な瞬間を過ごせたんだ。

-鹿島アントラーズは、レアル・マドリードとの決勝戦を延長まで持ち込みました。サプライズを信じていましたか?

うん、みんなモチベーションが高かった。2-2になり、可能性を感じていた。延長では2度もゴールに迫った。でも不幸にも、彼を2度もエリア内でフリーにさせてしまい、全てが難しくなったね。エリア内でクリスティアーノ・ロナウドをフリーにしてしまったら、彼は容赦してくれないね。(笑)

-日本での生活はいかがでしたか?

何もかも違っていた。一番驚いたのは物価。僕が今まで生活してきた国はどこも安かったけど、あそこは何もかも高い。でも、素晴らしい。食事もトレーニングのコンディションもね。全部気に入っていた。

-何か日本語は話せるようになりましたか?ポルティモネンセには日本人のチームメイトもいますね。

おはよう、こんにちは、こんばんは、こんな基本的なことだけだね。通訳がいたから怠けてしまった。そんなに勉強しなかったんだ。本当に基本的な日常会話だけだね。

-これまで対戦した中で、一番苦労したディフェンダーは誰ですか?

1度しか戦っていないけど、セルヒオ・ラモスだろう。本当に速いんだ。2、3回対峙しただけだけど、最も苦労したディフェンスのひとりだったことを覚えている。

-尊敬している選手は誰ですか?

小さい頃は、カカとロナウジーニョ・ガウーショにインスピレーションを受けていた。彼らのことが本当に好きだった。怪物ロナウドのようにね。でも幼少期に一番見ていて、好きだったのは、カカとロナウジーニョ・ガウーショだね。

-どのリーグでプレーしたいですか?

ヨーロッパでプレーしたい国はたくさんある。スペイン、ドイツ、イタリアだね。でも、日本に戻ることも夢見ているよ。計画して夢見れば、神様が導いてくれるさ。

ポルティモネンセへの大きな愛情、そして人生で最も辛い時期を乗り越えさせてくれた日本への感謝。ファブリシオの言葉の節々に、彼の人間味が溢れている素晴らしいインタビューだった。

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