「ブラガ史上最高監督」アベル・フェレイラ流、中小クラブを率いるサッカー哲学

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『The Coaches’ Voice』

世界各国の監督を取り上げるメディア『The Coaches’ Voice』 が、2017-18シーズンにSCブラガの監督としてクラブレコードとなる勝ち点75を積み上げた若き名将アベル・フェレイラを特集。現在はギリシャのPAOKで初の海外挑戦に挑む41歳のポルトガル人監督のサッカー哲学に迫った。

(以下、同メディアが掲載したアベル・フェレイラ監督の言葉を意訳)

「Football Manager」というゲームを覚えていますか?

私の友達はバルセロナやレアル・マドリードといったチームを選んでいたものです。当然のように勝つことができて、何でも買えるようなチームです。

私は、その光景をどのように見ていたのかと言うと、「大きな挑戦というものは、それらのビッグチームにいる時ではなく、より少ないリソースでそれらのチームと競い合っている時のことを言うのだ」というものでした。

だから私は、いつもスモールチームを率いていました。私が実際に選手としてのキャリアをスタートさせたポルトガルのペナフィエルやブラガといった2部のチーム、または、トッテナムのようにタイトルを獲得したことがないチームです。

それでも、常に勝てると信じていました。

どのようにでしょうか?
同じことをやって?同じように攻撃をして?

いいえ、違います。

ナポレオンのような小さな男が、どうやってたくさんの敵を打ち負かしたのでしょうか?それは戦略です。策略なのです。

コーチとして「どのように?」「なぜ?」と問うことは重要なことです。私はここブラガでまず最初にそのことを学びました。ジェズアウド・フェレイラという監督からです。

(※ジェズアウド・フェレイラ:ポルト 、ベンフィカ、スポルティングの「3強」を率いた経歴を持つポルトガル屈指の名将。2006-09シーズンには、ポルトでリーグ3連覇を達成し、一時代を築いた)

彼は先生でした。

(ジェズアウドではない)他の人から教わったコーチが数名いましたが、彼らはこう叫ぶのです。「プレッシャーをかけろ!」と。でも、それはいつ、どのように、誰に、どこでかければいいのでしょうか?

ジェズアウドはいつも質問を投げかけていました。「どこに行こうとしているのだ?それはなぜだ?仮にここに他のアタッカーがいたとすると、君はどちらをマークする?それはなぜだ?」と。

このような会話をすることで、選手たちは初めて自分たちのタスクを知ることができるのです。

このアプローチは、本当に私のためになってくれました。今では、選手たちに教え・質問することが好きなコーチであると自分自身で思っています。ジェズアウドが私に教えてくれた「どのように?」「なぜ?」と問うことです。

彼と一緒に働いていた当時、私は24歳でした。その時すでに将来はコーチになりたいと考えていました。そして、その瞬間からスタートさせることがコーチになる方法であるとも分かっていました。コーチングについて理解を深めることで、自分自身もより良い選手になれるからです。

私は日記をつけていました。毎日トレーニングの後、家に帰ったらその日見たものを書き留めるのです。リーダーシップについて、戦略について、ミーティングについて、私自身が気に入ったことについて… 今でもそのノートを持っています。

31歳のときにスポルティングでプレーしていましたが、その当時も依然として勉強を続けていました。アカデミーダイレクターが私に尋ねてくれたことを覚えています。「今すぐにコーチとしてのキャリアを始めたくないか?」と。

私は答えました。「今ではありません。40歳までプレーしていたいです」

その1ヶ月後、膝に大怪我を負いました。

「運命」というものを信じる人もいれば、信じない人もいます。

その怪我は、スポルティングとの契約が終わりに近づいている時に起きたのです。スポルティングは、クラブで怪我の回復をし、また新たなチャンスを得られるような機会を提供してくれました。しかし、怪我は良くなりませんでした。

走るたびに膝が痛むのです。痛みは積み重なり、消えることはありません。

私は3度ドクターに相談しました。そして彼らは毎回、引退した方が良いと言うのです。もうプレーは続けられないことを受け入れたときは何日も泣きました。悲しみに暮れていました。怒りが湧き上がり、不公平とも感じました。

どうしてこんなことが起きようか?この年までただひとつの大怪我もなくやって来られたのに。それが今になってこんなことに…?

でも時に、扉が閉じても窓は開くことがあります。

私はスポルティングのジュニアチーム監督の手伝いを始めました。そして、彼がシニアチームへステップアップした際に、ポストに空きが出ました。クラブは、私がそのポジションを務め、コーチングコースを修了させることもできると言ってくれたのです。

これが私のストーリーの始まりです。ひどいアクシデントから始まったのです。

初年度、我々はジュニアリーグを制しました。さらに、UEFAユースリーグでは、リバプール・サウサンプトン・チェルシーと並び、ベスト4まで勝ち進みました。翌年、私はスポルティングBチームの監督に昇格し、リーグ6位まで導きました。

その年でした。ブルーノ・デ・カルバーリョがクラブの会長に就任したのは。誰だか分かりますね。

(※ブルーノ・デ・カルバーリョ:半独裁的な豪腕で知られた元スポルティング会長。2019年にスポルティングのソシオから除名され、会長職を解かれた)

シーズンが始まって1週間、彼は私をクビにしました。

Bチームに望むものって何でしょうか?普通の考え方では、選手をAチームでプレーできる状態にすることです。前シーズンを6位で終えることができただけでなく、カルロス・マネー、ジョアン・マリオ、エリック・ダイアーらをAチームに昇格させたのにです。

とにかく、(スポルティングでの経験は)これで終わりでした。また扉が閉まったのです。

その時は、すぐに別の窓が開き、ブラガに戻ることができました。ファーストチームを率いる前に、Bチームで3シーズンを過ごしました。

私の方法論は、古き良きスポルティングのスクールのそれに基づいています。なぜなら、私がコーチとして最初の一歩を踏み出したのがそこだからです。

しかし同時に、私はフットボールの未来も見ています。ペップ・グアルディオラやマウリシオ・ポチェッティーノなどの監督がどのように仕事をしているのかということです。

私にとって、フットボールの未来は「猫とネズミの追いかけっこ」です。すなわち、対戦相手のリアクションに応じて戦術的な変化を適用することです。

ヨーロッパリーグで、ホッフェンハイムとのアウェイゲームに臨みました。彼らは最初3-5-2のフォーメーションでしたが、途中で4-3-3、すなわち、3人のストライカーとセンターバックが前進した形に変化しました。そこで、我々は4-4-2でスタートしたフォーメーションを、彼らの変化に合わせて5-4-1に変えたのです。

我々は2-1の勝利を収めました。コーチとして、最も誇りに感じている試合です。

もし対戦相手が同じレベルであれば問題はありません。攻撃することは可能です。しかし、もし山のように巨大な相手を攻撃するのであれば、違った方法を取る必要があります。

ある試合では、ボールを支配してゲームの主導権を握りたいと考えても、時に対戦相手が自分より強いことを受け入れなければならないことがあります。その場合はバランスを取る必要があるのです。

マンチェスター・シティになりたくても、グアルディオラやベルナルド・シウバはいません。したがって、すべての試合において異なるアプローチが必要であることを理解できるほどに、謙虚でいなければなりません。私の考えでは、それが我々のチーム(ブラガ)の最大の秘訣です。

試合前、私は選手たちに3つの重要な考え方を与えます。それがすべてです。

それは、映画を見た後に誰かが「どのシーンが記憶に残っている?」と聞いてくるようなものです。

キスシーンかもしれないし、カップルが結婚したシーンかもしれない。でも出てくる答えは、せいぜい3つか4つでしょう。選手にとっても同じことが言えるのです。

ここで言えることは、「完ぺきな公式など存在しない。また完ぺきなゲームプランなど存在しない。ただ、あなたが信ずるもののみが存在する」ということです。

ある人は私の信じるものを好むかもしれません。しかし、ある人はグアルディオラのものかもしれないし、ディエゴ・シメオネのものかもしれない。重要なのは、選手に対して望んでいることを説明できること。それが優秀なコーチになるために必要なことです。

勝てる監督だけが優秀な監督であるという恥ずかしい考え方があります。勝てば良い監督、負ければ弱い監督、と。

私にとっては、それは嘘です。

試合のある週末は、その週にしてきたことがジャッジされる場です。その瞬間だけ、周りの人たちはチームがオーガナイズされているかどうか、ボールを上手く動かせているかどうかを判断できます。日曜日は、いわばテストのようなものです。

しかし、私が常々選手に伝えているのは、「自分たちの仕事に集中しよう」ということ。結果にばかり拘泥すればするほど不安になるものです。

テストに合格することばかりに気を取られる必要はありません。テストのために勉強することが必要なのです。きちんと勉強をすれば、心配することは何もないのです。

プロセスに気を配ること。そうすれば結果は付いてきます。

チームとしての野心についても同じです。自分たちがタイトル候補だと宣言して、自分自身や選手にプレッシャーをかけることは正しい行いではありません。

我々は対戦相手とは全く異なる武器を持っているのです。

自分たちの売上高が2000万ユーロで、ベンフィカが1億2000万ユーロのとき、(タイトルへの)期待感を生み出すことはできないのです。リソースが合っていません。

ベンフィカ、スポルティング、ポルトはクラブの歴史に対して義務があります。我々(ブラガ)はアウトサイダーです。

「私は世界で誰にも知られていないアベルです。私はタイトル候補です」そのようなことはブラガでは言えません。そんなことを言えば、人々は私をプレイボーイだと思うでしょう。謙虚さを示さなくてはなりませんし、それこそが、私が選手に伝えていることです。我々の唯一の義務は、毎日ベストを尽くすこと。結果についてさえも考えないこと。

「Football Manager」における私のチームのように、ここでタイトルを獲得するのは難しいでしょう。それでも、私は決して諦めませんでした。

そして今、我々の野心と夢はそこにあります。我々はその後を追います。

種が植えられました。それが実を成すかどうか、私にはまだ分かりません。

アベル・フェレイラ監督が語ったように、ブラガはポルトガルの3強の影に隠れた、いわばダークホース。それでも、同監督はクラブレコードの勝ち点を記録したこの年、ポルトガルリーグでは、3位スポルティングに勝ち点2差まで肉薄する好成績を残した。

「選手に自分の考えを端的に説明する、そのために選手に日々問いかけ、考えさせる」

「試合ごと、そしてその試合での対戦相手の状況ごとに、自らのチームが取るべき戦略を変化させる」

「チームの現実を謙虚に受け止めて、地に足をつけて日々地道にベストを尽くす」

「結果を見ずに過程を重視する」

「それでも、タイトルは諦めない」

タイトル候補ではないチームを率いながらポルトガル国内屈指の若手注目株となったアベル・フェレイラのフットボール哲学には、弱小チームにとってのヒントが散りばめられていた。

©FutePor -ふとぽる-