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僕のポルトガル時代13-14シーズンを戦った監督たちの出世具合がハンパない件

ポルトの新監督にセルジオ・コンセイサオンが就任した。本サイトのニュース記事に使う写真を探していると、当時ポルトを率いていたパウロ・フォンセッカと、当時アカデミカ監督であったコンセイサオンが並んで写る写真があることを思い出した。

そういえば、僕がポルトガルに住んでいた2013-14シーズンの監督たちは、このフォンセッカやコンセイサオンを含め、今では世界中にその名が知れ渡りつつある。そう思い、ポルトガルリーグ14-15シーズン開幕前に執筆した全1部クラブの監督人事の記事を読み返すと、当時は世界的にはまだまだ無名で、当然日本でも知られていないが、今ではここ日本でもその名が知れ渡るほどに、大出世を遂げている監督が続々と見つかった。

そこで今回は、僕がポルトガルに住んでいた13-14シーズンにはまだまだ無名だったものの、今ではすっかり世界的に有名になった監督たちを紹介していきたい。

(以下、順位と所属クラブは13-14のデータ)

1位 ベンフィカ
ジョルジ・ジェズス(現スポルティング)

なかなか海外クラブを率いる経験がないことから、世界的にはイマイチ知名度があがらないジョルジ・ジェズスだが、当時13-14シーズンのポルトガルでの知名度は今回紹介する監督の中でもトップ。この年は、不調に沈んだリーグ3連覇王者ポルトを上回り、見事ベンフィカにタイトルを取り戻した。翌シーズンは、国内3冠とELでも2年連続決勝に進出するなど、急速にその評価を高め、現在はスポルティングでベンフィカ時代の成功を再現しようとしている。

2位 スポルティング
レオナルド・ジャルディン(現モナコ)

13-14シーズンの1年間だけスポルティングを率い、見事前年7位のチームをCL圏内に引き上げたのが、今ではフランスリーグ制覇とCLベスト4進出ですっかり有名になった現モナコ監督レオナルド・ジャルディン。この年ポルトガルリーグを率いた監督の中でも、その出世具合は圧倒的だろう。

また、当時のスポルティングに所属していたのは、RSBセドリック・ソアレス(サウサンプトン)やCBマルコス・ローホ(マンチェスター・ユナイテッド)、FWイスラム・スリマニ(レスター)、そして現在もクラブでプレーするポルトガル代表MFウィリアン・カルバーリョアドリエン・シウバなど、レオナルド・ジャルディンが抜擢した若手~中堅の選手たちの知名度の上がり具合も、眼を見張るものがある。

3位 ポルト
パウロ・フォンセッカ(現シャフタール)

この年は、アンドレ・ビラス・ボアスビトール・ペレイラが達成したリーグ3連覇中のポルトに4連覇をもたらすという重責が課せられ、そのプレッシャーに負けたのか、残念ながら途中解任となり、ビッグクラブには相応しくないというレッテルを貼られてしまったフォンセッカ。しかし、前年に弱小パソスをリーグ3位に導いた手腕に疑いの余地はなく、その後はブラガに50年ぶりにカップ戦のタイトルをもたらし、今シーズンはシャフタールでウクライナリーグとカップ制覇の2冠に輝くなど、名誉挽回に成功。ウクライナリーグ最優秀監督に輝き、その知名度はうなぎのぼりだ。

4位 エストリル
マルコ・シウバ(現ワトフォード)

(残念ながら、現地で撮影した写真はなし)

レオナルド・ジャルディンにつぎ、当時からの出世具合がハンパないなのが、エストリルを4位に導いたマルコ・シウバだ。クラブの英雄として最期のシーズンを送った13-14の翌年には、スポルティングの監督に就任。クラブ会長との不仲を理由に1年で解任されたが、スポルティングに7年ぶりのタイトルをもたらしていた。またこの年は、田中順也があのブラガ戦での直接FKを披露するなど、日本でもよく知られる監督となった年であった。

その後は、オリンピアコスでリーグ開幕17連勝21戦無敗の新記録を打ち立て、今シーズンはハル・シティでプレミアリーグを席巻するなど、すっかり世界のフットボール界ではホットな監督へと出世。来季はワトフォードを率いることが決まっている。

6位 マリティモ
ペドロ・マルティンス(現ビトーリア・ギマラインス)

(残念ながら、現地で撮影した写真はなし)

マリティモでの集大成となった13-14シーズン、ペドロ・マルティンスはクラブを6位に導き、翌年にはリオ・アベが監督として抜擢。この中堅2クラブを上位に導いた手腕が評価され、今シーズンはビトーリア・ギマラインスへ。見事、ライバルのブラガを抑え、リーグ4位に躍進した。いよいよポルトガルリーグを飛び越え、オリンピアコスなど海外クラブが注視し始めるなど、国内で知る人ぞ知る優秀な監督という立場から、ポルトガルリーグではトップクラスの名将として評価を高めつつある。

8位 アカデミカ
セルジオ・コンセイサオン(現ポルト)

13-14シーズンにポルトを解任されたパウロ・フォンセッカにとって、当時アカデミカを率いていたセルジオ・コンセイサオンは忘れられない存在となった。僕がこの写真を撮影したコインブラでの一戦でポルトはまさかの敗戦を喫したが、この辺りから、フォンセッカの手腕に疑問が噴出し始め、後の解任へと繋がった。

選手としては有名だったが、13-14シーズンのコンセイサオンは、監督としてはまだまだ駆け出しの存在。しかし、その後はブラガを4位、降格圏に沈んでいたギマラインスを10位に導くなど、国内では指折りの若手監督のひとりに。今季は初めてトップチーム監督として海外リーグに挑戦し、モナコでリーグ制覇を達成したレオナルド・ジャルディンとともに、ナントでその知名度を高めた。そして来季からは、古巣ポルトを指揮する。

10位 ビトール・ギマラインス
ルイ・ビトーリア(現ベンフィカ)

(残念ながら、現地で撮影した写真はなし)

この監督は、まるでノーマークだった。13-14シーズンのギマラインスはリーグ10位で、前掲の監督人事の記事でも、書く内容に困ったのはご覧の通り。

しかし、翌年にギマラインスを5位に導き、そのまた翌年にはベンフィカの監督に就任すると、シーズン序盤は解任の噂が生じるなど苦戦したが、終わってみれば初年度からリーグ制覇とCLベスト8進出を達成。今季はベンフィカにリーグ4連覇をもたらし、すっかり国内No.1の評価を得る名将へと出世した。

このルイ・ビトーリアの手腕は若手育成の面でも発揮され、彼がベンフィカで重宝した若手選手は、下記の通り、続々とビッグクラブへと羽ばたいていった。

レナト・サンチェス→バイエルン
ゴンサロ・グエデス→パリ・サンジェルン
エデルソン・モラエス→マンチェスター・シティ
ビクトル・リンデロフ→マンチェスター・ユナイテッド(移籍合意が正式発表の段階)

11位 リオ・アベ
ヌーノ・エスピリト・サント(現ウルバーハンプトン)

リーグでは11位ながら、この年ポルトガルカップとリーグカップの2つのカップ戦で決勝に進出するなど、実は大躍進を遂げていたリオ・アベ。そんなクラブを率いていたのが、ヌーノ・エスピリト・サントだ。翌年にはバレンシアへ羽ばたき、日本を含めた世界中のフットボールファンから「誰だ」と声が相次いだが、その実力はスペインで実証済み。前年にポルトガルの中位クラブであるリオ・アベを率いていたとはにわかに信じがたいほどの出世を遂げた。今季はポルトを1年で退任することになったが(辞任とされているが、おそらく独裁者ピント・ダ・コスタ会長の圧力による事実上の解任だろう)、チームは得点力不足に悩まされ引き分けまみれとなるなか、ホームでは無敗と実は良い成績を残していた。継続性のなさというポルトの悪い癖が出た監督人事となったが、ヌーノ・エスピリト・サントは、友人ジョルジ・メンデスのツテで早くも新たな挑戦の場を獲得。来季はイングランドチャンピオンシップのウルバーハンプトンを率い、名誉挽回に挑む。

他にも、13-14シーズン当時はアロウカを率い、その後はアポロン・リマソールを経て、今季エストリル監督に途中就任したペドロ・エマヌエルや、当時はベレネンセスを降格から救い、今ではCLにも度々登場するマッカビ・テル・アビブを指揮するリト・ビディガルなどもいた。

ポルトに住んでいた当時は、アンドレ・ビラス・ボアスも去り、選手としてはラダメル・ファルカオやフッキ、ハメス・ロドリゲス、ジョアン・モウティーニョらも退団し、パウロ・フォンセッカ率いるポルトへの期待感の薄さも相まり、「ポルトガルリーグの谷間の時期に不運にもポルトガルに来てしまった」と物足りなさを感じていた。実は毎週ドラガオン・スタジアムで観戦していたリーグ戦の監督席には、今ではすっかり世界的な名将の仲間入りを果たそうとしている「監督の原石」が大量に眠っていたのは知る由もなかった。

モナコでCL4強のジャルディン監督が中国移籍へ個人合意の噂。移籍実現への条件とは

『A BOLA』

今季、モナコでCLベスト4に進出し、世界中を驚かせたポルトガル人若手監督レオナルド・ジャルディンが、これからというキャリアのさなかで中国リーグへの移籍で合意したと『A BOLA』に報じられた。

ポルトガル最大手の同メディアによると、レオナルド・ジャルディンは、先週末に北京国安と会談の場を設け、1200万ユーロという破格の年俸を用意した中国クラブと3年契約で合意に達したという。

個人では合意に達したが、ジャルディンの中国行き実現のための条件は、モナコが移籍を許容すること。モナコはジャルディンと2019年までの契約を結び、違約金は1500万ユーロに設定しているが、北京国安は800万ユーロを提示しており、両者の間には開きがある。

一方、中国クラブに大型オファーを提示された監督を慰留すべく、モナコも新契約を用意し始めた。ただ、現在ジャルディンが受け取る年俸の3倍である450万ユーロを提示する意向だというが、北京国安が提示した1200万ユーロには遠く及ばない。

果たして、今季全世界にその名を知らしめ、次世代の名将として期待されるジャルディンは、またとない大型年俸を手に入れることができるこの機会に、サッカーのメインストリームから早々に離脱してしまうのだろうか。

©FutePor -ふとぽる-

ポルトガル人監督はたかだか「欧州2部」。CL4強のモナコ監督が高評価の母国へ警鐘

『O JOGO』

フランスのリーグ・アンを制して、CLではベスト4まで勝ち残ったモナコ監督レオナルド・ジャルディン。今季大きく躍進し、世界中にその名を知らしめた同監督が、人材の宝庫とみなされるポルトガル人監督のヨーロッパでの地位について語った。

今季は、このレオナルド・ジャルディンを始め、多くのポルトガル人監督が偉業を成し遂げた。母国ポルトガルでは、ルイ・ビトーリアがベンフィカをリーグ4連覇に導き、ウクライナでは、かつてポルトやブラガを率いたパウロ・フォンセッカが、初の海外挑戦でウクライナリーグとウクライナカップの2冠を達成。プレミアリーグでは、元スポルティング監督マルコ・シウバが、ハル・シティを奇跡の残留まであと一歩のところまで再建した。

今季もヨーロッパ各国で結果を残したポルトガル人監督。すでにヨーロッパ随一の監督大国と言っても過言ではなく、実際に多くのタレントを有すると評価されているが、レオナルド・ジャルディンにとっては、ポルトガル人監督はまだ世界のトップではないようだ。

「ポルトガルには優秀な監督がいるが、我々にはもっと努力をする責任がある。確かに、我々にはモウリーニョという存在がいるが、彼は別次元。その後のポルトガル人監督はあくまで『ヨーロッパの2部』だ」

「なぜ『ヨーロッパの2部』と言ったのかというと、例えばイタリアを見てみれば、アッレグリに、プレミア王者のコンテと、昨季のラニエリもいる。他にもアンチェロッティなどだ。『ヨーロッパの1部』があり、我々ポルトガル人の目標はそこにたどり着くことでなければならない。なぜなら、我々にはクオリティがあり、良く経験を積み、世界のどの国でも働くことができる。我々ポルトガル人は文化的な理由から適応力があるが、監督にとってこれは重要な能力だ。我々は野心を持ち続けなくてはならないし、決して『もう多くの監督がいる』だなんて言ってはならない」

CLを2度制したジョゼ・モウリーニョを有するポルトガルだが、実はCLベスト4に進出したのは、このレオナルド・ジャルディンが久しぶりであり、同国にとっては史上2人目。そんな同監督の言葉は、優れた監督が多いと過信している母国の目を覚ますような的確な意見であった。

©FutePor -ふとぽる-

モナコがドルト下し準決勝進出!レオナルド・ジャルディンは史上2人目のポルトガル人監督に

『Público』

CLベスト8でドルトムントを2戦合計6-3で下したモナコ。ポルトガル人監督レオナルド・ジャルディンが、CLの歴史にその名を刻んだ。

1992年にチャンピオンズ・カップから名称を変更して以来25年。レオナルド・ジャルディンは、準決勝に進出した2人目のポルトガル人監督となった。それまで4強に進出していたポルトガル人監督は、ジョゼ・モウリーニョのみであり、ポルトとインテルでの優勝を含み、8度準決勝を戦っている。

グアルディオラ率いるマンチェスター・シティや、CL上位戦線の常連となったドルトムントなど強豪を次々と撃破し、台風の目となっているモナコ。監督自身も「モナコは歴史を作った」と興奮気味。次なる目標は、モウリーニョがポルトで王者に輝いた2003-04に、その対戦相手となったディディエ・デシャン以来となる決勝進出。残り3試合で、クラブのこれまでの最高成績である準優勝を上回り、ポルトでモウリーニョが演じた奇跡の優勝を再現できるか。

©FutePor -ふとぽる-

【コラム】マルコ・シウバとレオナルド・ジャルディンは、「新たなジョゼ・モウリーニョ」となり得るのか

「あの発言は本当にナンセンス。おそらくこのクラブは彼にとって大きすぎるのだろう」

2016-17シーズンも佳境に差し掛かり、選手の疲労も溜まる中、ELロフトフ戦後に、マンチェスター・ユナイテッド監督ジョゼ・モウリーニョが口にしたスケジュールへの不満。これがクラブのレジェンド、ロイ・キーンの逆鱗に触れた。

世界一の名監督の1人という名声を不動のものとしたこのジョゼ・モウリーニョは、このところ、その絶対的な求心力を徐々に弱めつつある。2004年に母国ポルトガルの強豪ポルトでヨーロッパ王者に輝き、その後、チェルシー、インテル、レアル・マドリードなど、欧州を代表するビッグクラブをリーグチャンピオンに導いた「スペシャル・ワン」も、今や復活を目論むマンチェスター・ユナイテッドでリーグ5位と低迷し、アレックス・ファーガソン時代の栄光を取り戻す任務を果たせずにいる。

自らが崇拝する英雄に陰りが見え始めたとき、人々がとる行動は2つ。その復活を信じて崇拝を続けるのか、または、それを見限り、新たな拠り所を探すのか。当然、ジョゼ・モウリーニョの絶対性に疑問が噴出したいま、彼に代わる次世代の英雄の出現を望む声は強まっている。

ーーージョゼ・モウリーニョの後継者は誰なのか。

その筆頭候補であったアンドレ・ビラス・ボアスは、プレミアリーグで2度の解任を経験した後は、ロシアのゼニトで監督を務めるなど、欧州フットボール界のメインストリームから離脱。今では中国のクラブ上海上港を率い、「もう1人のスペシャル」と題された本が出版されるほど巨大な期待を浴びたのも今や過去の追憶に。

ジョゼ・モウリーニョの腹心から始まった正統後継者への道のり。先頭をひた走っていたビラス・ボアスが自らコースを外れたいま、あとを追っていた2人のポルトガル人指揮官が揃って先頭に躍り出た。

今季途中からハル・シティを率いるマルコ・シウバ、そして、モナコで3シーズン目を迎えるレオナルド・ジャルディン。ともに、モウリーニョが、かつてボビー・ロブソンのもとでアシスタントコーチを務めたスポルティングを率いた共通点を持つ。マルコ・シウバは、モウリーニョの後を追うかのようにイングランドへ渡り、彼が最も称賛を浴びるプレミアリーグで急速に評価を高めた。レオナルド・ジャルディンは、モウリーニョが2度の王者に輝いたCLの舞台で、ヨーロッパ全土にサプライズを巻き起こしている。今や「ネクスト・モウリーニョ」の名声を手中に収めつつあるこの2人は、果たしてスペシャル・ワンの後継者になる得る人物なのだろうか。

マルコ・シウバは、39歳の若手監督であり、トップチーム監督としてのキャリアはわずか5年。それでも、毎年所属クラブの歴史にその名を刻み込んできた。監督としてのステップアップの速さと、短期間で数々の偉業を成し遂げた実績こそが、マルコ・シウバにジョゼ・モウリーニョとの比較論が止まない最大の理由だろう。

監督1年目には、選手として引退したエストリルをポルトガル2部で優勝に導き、2年目には2部上がりのクラブを1部で5位に押し上げた。エストリルでの最期となった3年目には、クラブ史上最高となるリーグ4位に導き、弱小クラブを3強に比肩するチームに育て上げた。翌年、エストリルの英雄として惜しまれながら、ポルトガルの3強の一角、スポルティングへ。クラブ会長ブルーノ・デ・カルバーリョとの不仲を理由にわずか1年で解任されたが、監督としてのキャリアは4年目ながら、ポルトガル屈指の古豪に7年ぶりのタイトルをもたらした。

ビッグ・イヤーを置き土産にポルトからチェルシーへ巣立ったモウリーニョと同じく、トップチーム監督として5年目となる年に、マルコ・シウバも初めて海を渡った。行き先は、ギリシアのオリンピアコスであった。一見遠回りをしたかに見えたこの決断こそが、マルコ・シウバをジョゼ・モウリーニョへと急速に近づけた。

新指揮官マルコ・シウバ率いるオリンピアコスは、開幕からの勢いそのままに、リーグ17連勝を飾った。その後も、22節に初めて負けるまで、開幕から21試合無敗という偉大な記録を打ち立て、眼を見張るような圧倒的な強さでギリシアリーグを制した。その勢いはヨーロッパの舞台でも変わらず、マルコ・シウバにとって初挑戦となったCLでは、アーセナルとバイエルンらが同居する厳しいグループで善戦。アーセナル戦に至っては、敵地エミレーツで勝利を収め、ギリシアクラブとしては初めてイングランドから勝ち点3を持ち帰った。

そして、監督として6年目の16-17シーズン、プレミアリーグで最下位に低迷していたハル・シティが、ジョゼ・モウリーニョのようにアーセン・ベンゲルを打ち負かしたこのポルトガル人指揮官を、残留のキーマンとして呼び寄せた。監督就任記者会見では早速、ジョゼ・モウリーニョと比較されるも「私はスペシャル・ワンではない。マルコ・シウバだ」と、熱を帯びていた比較論を一蹴した。

母国の若者のプレミアリーグ挑戦を、モウリーニョも陰ながら支えた。未来ある青年への過度な期待を案じ、その共通点を認めながらも、メディアに冷静さを求めた。

「マルコ・シウバにとって、私と比較されるのは良いことではない。またフェアでない。ただ、我々のキャリアの初期に類似点はあるね。どちらもポルトガルの小さなクラブで監督を始め、のちに強豪クラブに行った。彼は素晴らしい姿勢を持った賢い青年だ。ポルトガルでは最も優れた若手監督として知られている。ここプレミアリーグでは困難に直面するだろうが、彼にとっては良い機会となるだろう」

ハル・シティをプレミアリーグ残留へ。イングランド初挑戦となった39歳の監督には、荷が重い難題であった。しかし、エストリル、スポルティング、オリンピアコスで着実に実績を積み上げてきたマルコ・シウバは、自身がこの難題に挑戦するに値する監督であることをその手で証明した。スウォンジーとの一戦を勝利で飾り、幸先の良いデビューを果たすと、続くプレミアリーグ初戦ボーンマス戦も、3-1で納得の勝利。2月にはいきなりビッグクラブとの3連戦が控えていたが、モウリーニョ率いるマンチェスター・ユナイテッドに引き分け、ユルゲン・クロップ率いるリバプールには2-0で完勝した。オリンピアコス時代に下したアーセナルこそ、今回は勝利とはならなかったが、3連敗が妥当であるとみられたこの連戦で勝ち点4をもぎとった。

また、リーグカップ戦の準決勝では、ジョゼ・モウリーニョと直接対決。2戦合計では敗北したものの、セカンドレグでは、ハル・シティに、マンチェスター・ユナイテッドから40年ぶりの勝利をもたらすなど、着実にチームに変革をもたらしている。

モウリーニョの牽制も虚しく、監督就任会見以後も、マルコ・シウバを「ニュー・モウリーニョ」「リトル・モウリーニョ」などと評する声は強まった。ただし、この活躍ぶりに、ジョゼ・モウリーニョは「マルコ・シウバの仕事ぶりには驚いていない。彼が良い監督であり、チームを改善できることは分かっていた」とコメントを残すなど、その評価は本家のお墨付き。現在、ハル・シティは、18位に位置しているが、降格圏脱出まであと勝ち点3差に迫った。契約は今季限りとされているが、マルコ・シウバ本人が「残留にはミラクルを引き寄せる力が必要」と語ったように、一時は最下位に沈んでいたクラブに「大逆転残留」の奇跡をもたらすことができれば、来季もハル・シティを率いるマルコ・シウバの姿を見られるかもしれない。まずはハル・シティをプレミアリーグに残留させること、そして、自らもチームに留まること。この最初の壁を乗り越えたとき、プレミアリーグで「スペシャル・ワン」と称されるなど特別な存在となったジョゼ・モウリーニョへ通ずる道が拓かれるだろう。

視点をフランスに移そう。ジョゼ・モウリーニョが指揮を執った経験のないこの国で、もう1人の「ネクスト・モウリーニョ」が、欧州全土をかき回す台風の目となっている。リーグ・アンで、王者パリ・サンジェルマンを上回り首位に立つモナコ。若いチームを率いるのが、42歳の青年監督レオナルド・ジャルディンだ。

大多数のポルトガル人の若者と同じく、ジョゼ・モウリーニョも一度はプロサッカー選手になることを夢見た。しかし。ジャルディンは違った。父親によると、昔からプロのサッカー監督になることを目指していたようだ。夢を叶えるため、クリスティアーノ・ロナウドの出身地としても有名な故郷マデイラの大学でスポーツ科学を修めた。そして、24歳の頃には早くも監督コースを終え、最年少でレベル4のライセンスを取得し、目標を実現させた。ジャルディンが次に見据えた未来は、モウリーニョも立つ監督としての頂。27歳の頃には、その具体的な道のりを描いていたのかもしれない。カマーシャという地方クラブでトップチーム監督としてひっそりとデビューし、その後は、アベイロ地方のベイラ・マルやポルトガル屈指の強豪ブラガ、初の海外挑戦であったオリンピアコスを経て、2013年に幼き頃より憧れたスポルティングの監督に就任した。当時エストリルを率いたマルコ・シウバがやってくる、ちょうど前年だった。

ブラガを率いた頃から徐々に頭角を現していたジャルディンにとって、スポルティングの監督を務めた1年間はキャリアの転換期となった。現在はサウサンプトンでプレーするセドリック・ソアレスや、マンチェスター・ユナイテッドのマルコス・ローホ、スポルティングの現キャプテンであるアドリエン・シウバやポルトガル代表の中核ウィリアン・カルバーリョ、そしてレスターに所属するイスラム・スリマニなど、現在ヨーロッパ各国で活躍する選手をまとめ上げ、前年7位に沈んだ古豪を2位にまで復興させた。

この活躍ぶりが、大富豪の資金を手にクラブの改革を進めていたモナコの目に留まる。今でこそ「ミラクル・レスター」の立役者として有名となったクラウディオ・ラニエリ監督の後任を探していたモナコは、まだ世界的には名の知れていないジャルディンを大胆にも抜擢。ラダメル・ファルカオにハメス・ロドリゲス、ジョアン・モウティーニョなど、ジャルディンの母国ポルトガルから多くのスター選手を獲得して推し進める大型補強と比べ、微々たる監督人事であった。

しかし今となっては、当時の経営陣の決断にに異を唱えるものはいないことだろう。ジャルディンは、ポルトとインテルでCLを制したジョゼ・モウリーニョの如く、特に欧州の舞台でその名を知らしめた。スポルティング時代と同じく、若手から中堅の選手が構成する勢いのあるチームを作り上げ、モナコでの監督初年度には、モウリーニョが幾度となく舌戦を繰り広げてきたアーセン・ベンゲル率いるアーセナルを敗退に追い込み、自身初となるCLでベスト8に進出した。そして今季は、スペインで「モウリーニョvsグアルディオラ」の一時代を築いたペップ・グアルディオラをもCLの舞台から葬り去った。監督就任当初から手塩にかけてポルトガルを代表する選手にまで育て上げたベルナルド・シウバをチームの中心に据え、マンチェスター・シティとの2戦合計6-6となった激しい打ち合いを制した。ジャルディンが飾った勝利は単なるモナコのサプライズではなく、それまでCLに7度出場し、その全てで少なくとも準々決勝には勝ち残っていたグアルディオラを、初めてベスト16で敗退に追いやる監督になるなど、自身の評価にも箔をつけた。グアルディオラ率いる「最強バルサ」相手にリーガ・エスパニョーラを制したモウリーニョですらなし得なかった並外れた偉業である。

レオナルド・ジャルディンの快進撃は一体どこまで続くのだろうか。奇しくも、ジョゼ・モウリーニョがポルトで奇跡のCL制覇を成し遂げた当時の決勝の相手はモナコであった。ディディエ・デシャン監督に率いられ欧州最強の座を決めるファイナルに駒を進めたクラブの歴史を繰り返し、ポルトの歴史を変えたモウリーニョのように、奇跡のCL優勝を成し遂げたとき、世界は約10年前にポルトの監督としてビッグイヤーに口付けをするジョゼ・モウリーニョの姿を思い起こし、「新たなモウリーニョ」が誕生したと声を荒げることだろう。

ともに、ジョゼ・モウリーニョの後継者レースで先頭を競い合う、マルコ・シウバとレオナルド・ジャルディン。前者がプレミアリーグで、後者がCLの舞台で、それぞれモウリーニョがチェルシーとポルトで成し遂げたのに匹敵する奇跡を起こしたとき、ここ数年間結論の出ない「ネクスト・モウリーニョ」論争に決着がつくことだろう。

(本稿に記述した年齢や順位などの数字は、2017/03/25時点のデータです)