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金崎にファブリシオ、浦和TDに岡田武史氏…ポルティモネンセ公式が首脳陣の日本周遊記を写真で振り返る

ポルティモネンセが公式ホームページで、約1週間に渡る首脳陣の来日を、金崎夢生や岡田武史氏らと撮影した写真とともに振り返った。

ポルティモネンセといえば、鹿島の金崎夢生の元所属チームで、ファブリシオのレンタル元。現在は亀倉龍希がプレーするなど、近年急速に日本との関係を強めているクラブである。そんなポルティモネンセのCEOサンパイオ氏と、先日海外担当のテクニカルディレクターに就任した元浦和ポンテ氏にとって、今回の滞在はまさにイベントが盛りだくさんで、価値のあるものだったに違いない。

ピッチ内の話題としては、金崎とファブリシオがプレーする鹿島アントラーズのJリーグ優勝、そして金崎のMVP選出。また、クラブW杯オークランド・シティ戦も、金崎の逆転ゴールで勝利を収めるなど、ポルティモネンセにとって満足な成績に。浦和との決戦後には、亀倉の父で金崎らの代理人を務めるテオドロ・フォンセッカ氏を含め食事をし、その労をねぎらった。

ピッチ外では、新ディレクターであるポンテ氏が大活躍。サンパイオ氏とクラブのスポンサーを務めるミズノ社を訪れたり、古巣浦和でかつてディレクターを務めたナカムラシュウゾウ氏や、現ディレクターのタカノダイスケ氏らと会合したりと奔走。元日本代表監督岡田武史氏と肩を組んだ写真も撮影している。

周遊期の最後はサンパイオ氏とポンテ氏が機内で映った写真を掲載。ピッチ内外で精力的に活動した来日を締めくくった。

ポルティモネンセは、これまで数回にわたり上記のそれぞれのイベントをホームページに投稿しており、今回の首脳陣の来日は、日本との親交をさらに深めようとする意図が再確認されるものだった。

ポルティモネンセが投稿した写真付きの周遊記は下記リンクから

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鹿島が獲得したポルティモネンセ「10番」ファブリシオについてご紹介します

ポルトガル2部のポルティモネンセが、ブラジル人MFファブリシオの鹿島アントラーズへの移籍を正式に発表。チームのエースナンバー「10番」を背負う26歳のブラジル人は、レンタル移籍の形で日本へ到来する。

このファブリシオとは一体何者か。そして、なぜ鹿島アントラーズへの加入となったのかご紹介したい。

ファブリシオは、2015-16シーズンにポルティモネンセの10番を背負った名実ともにチームの大エース。金崎夢生が鹿島へレンタル移籍する前に背負った10番を継承していた。2012年にブラジルから加入して以来、4シーズンに渡りポルティモネンセでプレーしている。昨季は50試合で14ゴールを記録するなど、1部昇格まで目前にあったチームの大黒柱として活躍。ポルトガルリーグの選手と監督が投票する2部リーグの年間MVP候補3名にノミネートされた実力者である(賞自体はポルトBのアンドレ・シウバが獲得)。ポルティモネンセでの4年間で、143試合に出場し、26ゴールを記録している。

ポルティモネンセの10番が鹿島アントラーズへ加入するに至ったのは、日本代表FW金崎夢生の存在が大きい。金崎夢生は鹿島に加入する以前ポルティモネンセに所属していた。昨季は一度、鹿島からポルティモネンセへ復帰し、約2ヶ月ポルトガルでプレーしてから、鹿島へ電撃復帰を果たしていた。その際に、鹿島のディレクター鈴木満氏と、ポルティモネンセのディレクター、サンパイオが仲睦まじく写真に写るなど、チーム間の関係を強化したことが推測される。

ファブリシオは、鹿島で金崎夢生と再会することになった。両者はチームの活動内外で生活をともにした親友として知られている。現在は、そのサンパイオ氏と、昨季は監督を務め今季よりディレクターに就任したジョゼ・アウグスト氏とともに来日途中。木曜日の午前中に日本へ到着する予定である。

鹿島にとっては、チームのエース金崎夢生と連携を深めたポルティモネンセのエースが加入する、心強い補強となった。「ポルティモネンセの点取り屋コンビ」の日本での活躍に期待したい。

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わずか2ヶ月で鹿島⇄ポルティモネンセを往復。金崎夢生の移籍大騒動を時系列で整理

土曜日、ポルティモネンセが金崎夢生の移籍に関して、鹿島アントラーズと交渉が締結したことを正式に発表した。

当時レンタル先の鹿島アントラーズでプレーしていた金崎が、ポルティモネンセへ復帰するという情報が流れたのが2015年末。そして、2016年始に正式にポルティモネンセへ復帰してから、わずか2ヶ月も経たないうちに鹿島アントラーズへ電撃復帰するという今回の大騒動。3大メディアの一角『Record』も頻繁に報じるなどポルトガルメディアも大注目した金崎の移籍を、ポルティモネンセ公式ページのニュースから時系列でまとめ、振り返る。(URLは、ポルティモネンセ公式ページの当該記事へリンクします)

2015-12-25
ポルティモネンセが、鹿島へレンタル中の金崎夢生が冬の移籍市場で復帰することを先走って報道。鹿島側の声明やポルトガルへ帰国した金崎の写真はなかったが、事実上のポルティモネンセ復帰決定。
http://www.portimonense.pt/pag_detalhe.php?id=7045&catg=3

2016-1-14
ポルティモネンセのディレクター陣が、金崎夢生の復帰に関して記者会見。ポルトガルへ帰国した金崎とディレクターが肩を並べる写真を公開した。年末の復帰報道から約3週間、金崎のポルティモネンセ復帰は確定した。
http://www.portimonense.pt/pag_detalhe.php?id=7099&catg=3

2016-1-18
金崎夢生が、復帰後初となる公式戦、ポルトガルカップフェーズ3第2節スポルティング戦に向けた記者会見に出席。しかし、田中順也との日本人対決が注目される中、国際証明書の到着が遅れ、選手登録が間に合わず。スポルティング戦は招集メンバーに入りながらも、ベンチ外となった。
http://www.portimonense.pt/pag_detalhe.php?id=7112&catg=3

2016-1-20
ポルティモネンセが、スポルティングとの試合前に行われた、サポーターへの金崎夢生の復帰披露を紹介。背番号は96番に決定した。
http://www.portimonense.pt/pag_detalhe.php?id=7123&catg=3

2016-1-21
金崎夢生の選手登録が完了し、ポルトガルリーグ2部アービス戦に向け、同選手がトレーニングに勤しむ写真を掲載。
http://www.portimonense.pt/pag_detalhe.php?id=7125&catg=3

2016-1-23
金崎、ポルトガルリーグ2部アービス戦に出場。
http://www.portimonense.pt/pag_detalhe.php?id=7130&catg=3

2016-1-26
金崎、ポルトガルカップフェーズ3第3節パソス・デ・フェレイラ戦に出場。
http://www.portimonense.pt/pag_detalhe.php?id=7142&catg=3

2016-1-31
金崎、ポルトガルリーグ2部マフラ戦で突然のベンチ外。
http://www.portimonense.pt/pag_detalhe.php?id=7157&catg=3

2016-2-6
金崎、ポルトガルリーグ2部スポルティングB戦に出場。
http://www.portimonense.pt/pag_detalhe.php?id=7175&catg=3

2016-2-10
金崎、ポルトガルカップ準決勝マリティモ戦に出場。チームは1-3で敗北したが、金崎はこの試合後に日本への帰国を決断との噂。
http://www.portimonense.pt/pag_detalhe.php?id=7192&catg=3

2016-2-12
ポルティモネンセ、金崎夢生の鹿島アントラーズへの電撃復帰を発表。前日、金崎の完全移籍を明かした鹿島に1日遅れ、正式声明。5時間にも及ぶ説得が行われたが、金崎の強い意志を変えられず、日本への帰国を許可した。ポルトガル3大サッカーメディア『O JOGO』『A BOLA』『Record』も一斉に報じるなど、注目を集めた。
http://www.portimonense.pt/pag_detalhe.php?id=7201&catg=3

2016-2-20
ポルティモネンセ、金崎夢生が鹿島と4年契約を結んだことを発表。アントラーズに80%の保有権を売却し、残りの20%を保持することに。17日のポルトガルリーグ2部ジル・ビセンテ戦後にクラブディレクター、サンパイオ氏が来日。鹿島のディレクター鈴木満氏と金崎、サンパイオ氏の3名が写った写真をホームページに掲載した。
http://www.portimonense.pt/pag_detalhe.php?id=7232&catg=3

2015年の12月25日に急遽報じられた金崎夢生のポルティモネンセ復帰。そうしてポルトガルへ帰国した金崎だったが、2月には鹿島へ突然の電撃復帰。わずか2ヶ月という短期間でポルトガルと日本を往復し、日葡両メディアの注目をさらった金崎の移籍騒動は、これにてひとまず終結した。

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ポルティモネンセ、金崎夢生の鹿島との4年契約の締結を発表!保有権の80%を売却へ

ポルティモネンセが土曜日、金崎夢生の鹿島アントラーズ移籍に関して交渉が締結したことを正式に発表した。金崎は鹿島と4年契約を結ぶ。ポルティモネンセは、同選手の保有権を80%売り渡し、残りの20%を保持することになる。おそらく、同選手が鹿島からさらに移籍をする際に、移籍金の一部を手に入れる目的があるのではないか。

ポルティモネンセは日本へ渡ったクラブディレクター、サンパイオ氏と金崎、そして鹿島のディレクター鈴木満氏の3名が仲睦まじく写った写真をホームページに掲載。公式ページには、「ポルティモネンセと鹿島アントラーズの良い関係」を明記した。また、同クラブは金崎の今季末までの残留を望んだものの、同選手が帰国に関して抱いていた固い決意を動かすことはできなかったと記載している。

最後に、ポルティモネンセは公式ページで、金崎と鹿島アントラーズの成功を祈り、発表を締めくくった。昨年末のポルティモネンセ復帰報道からわずか2ヶ月での鹿島への電撃復帰。日本とポルトガル間を往復した金崎の移籍騒動は、これにてひとまず幕を閉じそうだ。

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【加筆】5時間の説得も強い意志を変えられず。ポルティモネンセが金崎夢生の鹿島復帰を発表

今冬にポルティモネンセへ復帰したばかりの金崎夢生が、わずか1ヶ月の間に鹿島アントラーズへ「電撃復帰」することとなった。本件は、すでに鹿島アントラーズ側が発表済みであったが、遅れて、所属元のポルティモネンセも正式に発表。公式ページが発表したその内容をお届けする。

鹿島への復帰は、どうやら金崎夢生の強い意志であったようだ。ポルティモネンセ側は、会長を始め、ディレクターや監督までもが、同選手を7月まで残留するように、5時間にも及ぶ対談の場を設けていたようだ。それでも、先日のポルトガルカップ準決勝マリティモ戦に敗れた後に日本への帰国を決めたという金崎の確固たる意志を変えることはできなかったと記載している。

最後に、ポルティモネンセ公式は、金崎への感謝を述べ、そのキャリアにおける成功を祈った。同様に、金崎がポルティモネンセで受けたサポートに感謝していることも記述した。

ポルティモネンセは今冬に、1部復帰へ向けた切り札として金崎を確保したばかり。わずか1ヶ月という短時間での電撃退団に対するやるせない思いが伝わるような文面だった。同クラブがこれほどまでに金崎の残留を望んだのは間違いない。

残念ながら、なぜ金崎が鹿島アントラーズへの復帰を強く望んだのか、その理由は明記されていない。続報を待ちたい。

加筆:ポルトガル大手メディア『O JOGO』は、金崎の帰国を鹿島からの「ポルトガル復帰以後の適応の問題」と報道しています。ポルトガルという国への適応(約1年間過ごした国への適応には苦しまないはず?)なのか、加入当初とは変わったチームへの適応なのか。その辺りはまだ明瞭としません。

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